まず最初に言っておくが私は自動車はあまり好きではない。(移動には主に自転車と電車を利用します。)
だからといって、自動車の持つ利便性を否定する気はない。
それともうひとつ予め述べておきたいのは私は実利主義者の傾向が強いということだ。
なのでと言ったら語弊があるかもしれないが、自動車については”移動のための道具”で
ありかつ”運搬のための道具”としか思っていない。
以前一度、自動車を所有していたことがあるが、あまりの自動車の遅さに辟易して所有するのをやめた。
なぜなら、自転車とバス電車タクシーなどを組み合わせたほうがよっぽど早いからだ。
更に付け足すなら、運搬のための道具としてはヤマト運輸さんのほうがよっぽど便利だと気付いたからだ。
重量物やかさばる物の購入なら、ホームセンターやショッピングセンターでタクシーを呼んだり、amazonで送ってもらえばそれで事足りる。
それでも、なにか困ることがあったらレンタカーを借りればいいと思っている。つまり、なくても全く困らないと判断したということだ。
そういうわけで、私が以前所有していた自動車には1枚の写真も残っておりません。
それは、多くの家庭に昔使っていた冷蔵庫や洗濯機(が単品で写った)の写真が残っていないのと同じ理由です。
(冷蔵庫、洗濯機の写真を大切に保存している愛好家の方には不愉快になる表現だというのは承知しておりますが、他の消費財(例えばマイナスドライバー)と置き換えて読み進めていただけたら幸いです。)
さて、自動車が遅いという意見に対しては間違いなくこういう反論が返ってくる。
「自動車は少なくとも自転車よりは早い。時速30kmの速さで自転車がで走れるのか」
「バスも自動車の内。目的地にダイレクトにいける分だけ自動車(自己所有車)のほうが早いはずだ」
それについて、私は常にこのように反論してきた。
「確かに、走っている時の自転車の速度は自動車より遅い。また、停留所までの移動時間なども考えれば、
バスを使用した時のほうが時間はかかる。だが自動車を所有するために働いている時間というのは
目的からすれば移動するために費やしている時間である。つまり移動時間ではないが、それ以外で得になる行為ではないので、純粋に移動のための時間といえる。これを広義の移動時間とみなして比較すれば
自転車やバスのほうが遅いとは言えないのではないか」
ただ、私の主張には少し弱点がある。それは、次のことだ。
例えば、時給1,000円で働いている人が、月に40,000円を費やし、自動車に乗っているとする。
この場合はその人は月に40時間分の労働を移動のための自動車の所有に費やしていることになる。一日あたり80分です。
ならば、時給8,000円の人なら、月に5時間分を移動時間として費やしていることになる。
前者の場合、移動距離にもよるが自転車のほうがはるかに、移動に費やした時間は減るだろう。
では、後者の場合一日あたりで言えば10分の労働を自動車の所有に費やしている。
これは、時間あたりの所得の大きい人ほど、自動車を所有することで時間を節約できることを意味する。
ただ、たとえ高所得でも移動距離がある程度ある場合でないと単に移動手段かつ運搬手段としか見ていない人間としては無駄に映る。
そしてこのようなことを言うと、
「”貧乏人は車を持つな”っていうのかという趣旨か?」と問われますが、私はこう答えます。
「大まかにはそのとおりです。ただ、仕事で使うなどの持たざるえない等の事情がないのであれば、持たないほうがいいと思います」
ただし、自動車愛好家とか、それを持つ利益が勝る場合は持てばいいって言うのが私の持論です。

最後に最近あった(以前からあるけど)嫌なことを書きます。
自転車で10分程度ですむ通勤をするために、「わざわざ車買わんの?」と何度も訊いてくるひとが勤務先にいました。
はっきり言ってうっとうしいです。なんで、わざわざ(広義の)移動時間を増やさなきゃいけないのかという質問をしてもまともに答えません。
「自動車産業が廃れると日本経済が縮小する」とかいうわけのわからんことを言う人がいます。
そういう人には以前主力産業だった石炭産業が廃れたけれども、それによって日本経済がむしろ拡大した。なぜ石炭産業では廃れないで自動車産業だと廃れるんだと問うと
「だって自動車だよ」とか言う答えにもなってないことを言うことが多いです。まともな答えを聞けたことはありません。
私はこういう人達を皮肉って”自動車主義者”とか”自動車中毒”と呼んでいます。
私の親にもその気があって、以前大した理由もなく自動車の所有を薦めてきました。
当然お断りです。言い分は簡単に言うとこういう内容でした。
「自動車はいい」「自動車は便利だ」「自動車があることで(すぐに移動でるので)安心できる」「多くが自動車所有者だ」
私が、「自動車と自動車所有者っていう部分を宗教の名前とその信者に置き換えれば宗教の話にしか聞こえないな」というと
余計ムキになってましたが、それでも、有益だと信じているという事はわかるものの有益だという理由は説明できていませんでした。
そういう経緯で、自動車主義、自動車中毒と名付けました。

あなたは自動車主義者ですか?もしそうなら自動車主義者やめませんか?
カーフリーな生活はなかなか快適です。
まず、リンク貼っとく。
http://ameblo.jp/dewisukarno/archive1-201102.html
デビィ婦人は随分思い切ったことやるもんだ。
大津市の中学生自殺の問題でいじめっこ側の生徒の実名出しちゃうんだから。
さて、この件で、デビィ婦人は訴えられたら負けますね。
名誉毀損罪の構成要件に該当しますから。
法定刑は3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金です。
本当のことでも、公然と言っちゃったら痛い目に遭います。
なんで、公然とは言わないようにしてくださいね。
こっそりググってくださいね。
適当な単語でググれば加害者の名前ぐらいはすぐに探せます。それぐらい加害者側の名前は公になってます。だから、刑事事件に成っても裁かれない可能性があるとすると、ネットを使って調べてる人には加害者の名前は公然の事実であったという主張が通るかどうかって点かな。まあ通らないだろうけど。
その加害者の名前の確からしさについてはここでは判断しません。多分正しいんだろうけど。
今だったら、”デビィ 魚拓 自殺”でググるとデビィ婦人の件のニュースはよく分かると思います。
加害者側は反省してないとデビィ婦人は指摘しているけれど、こうネットに本名が出てくるようじゃ、とてつもなく加害者も痛い目にあってるんじゃないんでしょうか。いい気味ですね。

それとこの件、生徒の親とかの情報が誤情報だって説出てるけど、正しい情報だったなんて認めたらソッチのほうがよっぽど問題になるからそれも怪しい気もするけどね。
<さて、東電は2割の値上げを発表し、値上げに同意しない大口顧客に電力供給を停止すると言いました。
私はこれに賛成します。
この値上げに同意しなければ値段が上げられないのであれば事実上値上げが不可能です。
つまり、同意しなければ、元の電気料金で済むことになります。
このような行政指導に東電がyesと言っては
誰も値上げには同意しないでしょう。
私が値上げに賛成するのは東電贔屓だからではありません。
「原発止めろ、値上げ反対」という矛盾を東電に強いる世論のほうが悪質だと思うからです。
さて、皆さん行政処分ってなんだか知ってますか?
みなさんは行政処分に逆らったら何らかの処分を受けたり
または、罰金なんかが課されて、不利益を受けるなんて思っていませんか?
実は、何も不利益を受けないんです。
そして、無視してもなんにも問題がありません。
基本的に行政指導というのは、行政処分ではないので効力がないんです。
事実、行政は憲法や行政法(正式名称ではない)によって縛られています。
これはなぜかといいますと、行政が好き勝手に都合のいいことができないようにするためです。
しかし、完全に縛ってしまうと非常に窮屈ですね。
窮屈すぎて事実不都合なことも起こってしまいます。
そこで、行政指導が出てきます。
指導された相手方は従う義務はないので、基本的に何を言っても問題ありません。
(無論脅迫めいたことなど、違法性のあることをいえば脅迫罪とかには成り得ます。)
このようにして、柔軟性を持たせた制度なんですね。
そして、今回の東電の件ですが、行政指導なので無視しておkなのです。
さて、行政が確実に電力供給停止を避け用途するにはどうしたらいいのでしょうか。

行政指導でなければいいんです。
つまり、(行政)指導ではなく拘束力のある(行政)処分をすればいいんです。
行政処分の場合、拘束力がありますから、行政指導と違い無視すると
罰則なりの不利益を受けることになり、代償は大きいものになり得ます。

そして、なんの拘束力のない行政指導に従って値上げせずに企業の利益を損ねれば
経営陣にはもっと大きな代償を払うことになることになるかもしれません。
なぜなら、株主代表訴訟という制度があるからです。
上に書いたように指導の場合従う義務はないので、従って会社に損害を与えた場合
会社の持ち主である株主に訴えられる可能性があります。
「株主に損失を与えるのを分かっていて従う必要のない行政指導に従ったと」
裁判所が、これをどのように判断するかは分かりませんが、
どう転んでもおかしくはないでしょう。
もし、従ったら株主よ経営陣を訴えて、
経営陣全員を個人破産の恐怖を与えてやって欲しいと思います。
これが株式会社の経営陣の責任のとり方です。
このへんは会社法で決まってたと思います。
(ま、株主代表訴訟になったとき限定なんですが・・・)

非常に厳しい書き方をしましたが、本来経営陣とは
ただの”お偉いさん”ではなくて、それぐらいの責任を持つべきものなのです。
なお、経営陣は社会・取引先は当然のこと株主にも責任をとるべきである。
これが株式会社という制度なのです。