4) H25.8.10選挙とは何だったのか?
4-1)第1号議案「運営委員会体制」の顔ぶれ
筆者の手元には、8.10選挙参加会員の自筆署名簿の写しがある。
8.10総会がどのような勢力図であったのかは、これを見ると明らかであった。
本項からは、「運営委員体制」の不可解な点を洗い出していこう。
『機関誌52-1』「総会議案書」第1号議案(72頁)、「第21期運営委員会」の「中間活動報告(案)」冒頭に、「運営委体制」の役割と氏名が列挙されている。
ここに「暫定監事」氏名が記載されていないことは、既に指摘した。
「運営委体制」なので「運営委員」の氏名だけでいいのではないか、と思われるだろうか。いやいや、そうではない。
ここに記載されている人々には、8.10役員選挙で、<選ばれもしなかった(つまり「運営委員」ではない)人たち>の名前が4名も、明記されているのだ。
ここに記されている人名の数を数えてみると、役割の重複を除けると、計12人の氏名が見つかる。
おまけに、8.10選挙の結果つまり<誰が運営委員に選ばれたかが一覧できる記載>は、どうしたわけか、機関誌(国立国会図書館に納本される公的記録)の各号に、全く見当たらない。(選挙後に、単票の通知文書が、会員には送付されたが、これをわざわざ保管する人がいるだろうか?つまり、そこまで淵下らは、考えているのだ。)
そして、もし、8.10選挙で本当に選ばれた人たちを知りたい、という気になった人があったならば、『機関誌51-2』122頁以降の(もうすでに、SLAPP原告によって内容が選択的に編集済みの)逐語録から丹念に拾っていかねばならない。
その該当箇所は、134~135頁(第一次信任投票)と145頁(第二次信任投票)。
第一次選挙(本来の正式な立候補者に対しての信任投票)では、立候補5名中2名が信任された。休憩後の第二次選挙では、その場で立候補した6名全員が信任された。
(前回してきしたように、母数の誤魔化しでそのうちの、α氏を含む1名ないし2名の当選は不正である可能性があるのだが...。)
これを足し算すると、8名。
つまり、8.10(第21期)役員選挙で選ばれた運営委員は、8名のみだ。
再度、『機関誌52-1』議案書72頁を確認すると、注釈も但し書きの一つも無く、「運営委員体制」には、4名もの選挙を経ない運営執行者が加えられている。
さて、第三者の目からは、ここに名前が載っている人全員が、「運営委員」であると思いこむことは、間違いない。どうみても、そうなる。
ならば、8.10選挙とは、いったい何だったのか。
あれほどまでに紛糾した信任投票で選ばれずとも、密かに運営委員か或は同等の地位に立つ事となる。
つまるところ、8.10選挙で、異例づくしの事態、つまり、
① 本学会では全く前例のない信任投票(不信任に×印を付ける)が行われた
② 二次選挙で、30年来の多選役員が、申し合わせたように続々と立候補した
③ 監事立候補者の所信表明が妨げられた
これらを総じて顧みると、これまで多選を経てきた人々が、運営執行部内の異分子の芽を摘み、意見の対立を予め防止し、これまでと同様に憂いなく本学会を動かして行きたいからではなかったか、という裏側の欲望の構図が浮き上がってくる。
その一方で、会則に則り、正式な立候補所信表明を公示したにも関わらず「不信任」となった3名の人々がいる。
その人々の活動の場を奪われ排除された人々の所信は、何びとが読んでも不信任とせざるを得ないと思わせる趣旨であったのだろうか。これがその所信表明だ。
http://nichirinshin-o.sakura.ne.jp/wordpress/wp-content/uploads/2013/09/第21期運営委員立候補所信表明-のコピー.pdf
事前の正式な手続きで立候補した、2名の女性は、南関東グループの古参役員である。彼女らのみが、選任されている。その彼女らの所信内容と、他の新人2名を含む立候補者の所信内容とを、引き比べてみてほしい。
つまり、ここで改めて分ったことは、主張された役員立候補所信表明の内容そのものではなく、その所信を<誰が>主張しているのか、のみが評価の基準となる、ということであろう。
ここで改めて、執行役員の適正人数の試算についても述べておきたい。
役員会の旅費と宿泊費は学会会議費から支出されるのが慣例であるので、これまでのように20名近くが役員として選ばれていると、学会会計を非常に圧迫する。
経費削減のためには、運営執行の内実を、様々な個人的な事情で知ることができない、いやむしろ無関心な、「名誉職」の肩書きを持っている人たちには、再度の就任はご遠慮願いたい。
というのが、リストラとして、まっとうな考え方だ、....と筆者は思ったのだが、それに対しての応答が、まさに、この8.10選挙だった。
筆者はそれらの意見を、度々運営委員会の中で言ってきたが、(これまでにも多々記したように、)その場ではかれらは反論はしない。むしろ全くノーコメントだ。
そして、総会で、実質的に問答無用で筆者の意見を覆し、筆者からの背景事情の説明もろともに筆者が導いた結論を、圧殺するのだ。
以上の中の「次年度予算案」に関する報告の中で、8.10選挙前の監査時の、筆者作成の予算案の「運営委員会活動費」は、20期の運営委員の実働がのべ5名弱で充分に可能であると、20期での実績から試算している。
この予算案の背景事情は、会計監査の際にW監事に説明している。
この「(当初の)立候補者数5名ならば、この人数での運営執行は可能である」との筆者の見解に、W監事は理解を示した。
一方、別日程で岐阜の自宅から兵庫の筆者自宅に赴いた立野監事は、「Wさんに任せてある」と、会計監査にわざわざ旅費を支出されて出張しているにも関わらず、
会計資料に関しては取り合ってはもらえず、コメントは一切無かった。はたして、目さえも通していなかった気配さえあった。
そして、この第49回総会で、8.10役員選挙の前に行った、事務局長報告に含まれる、この必要最小限の役員見込み数は、第二次選挙では、一顧だにされなかった。
しかも、監査報告に際して、実質上単独で会計監査を行ったW監事は、この総会当日は欠席であった。(Wは、京都在。)
実質上、会計監査に立ち会った監事が全くいない場での会計報告であったのだ。
ところで、端辺の会計資料(決算案)に対しての助言の中で、耳に残っているのは、筆者が、ささやかな金額(おそらく1万円前後)を職務上の費用(調査交通費やPC関連文具の購入など)として学会会計に寄付したことを報告していたのだが、これを、「総会に提出する書面から、削除せよ」との指示であった。筆者もそのようなことは、おこがましかったと反省し、それらの記述を報告資料から削った。
(つづく)