夏休み、誰もいない小学校のグラウンド。
涙ながらに電話を切った俺は、近所の小学校のフェンスを鷲掴みして大声を出した。
泣き出しそうな曇り空の下。
後期バージンホア、初代スラムキャバレーのギタリスト、TEAZZERが逝っていた。

4月29日のセットリストを伝えると、すごく喜んでくれたよね?
君が残してくれた名作のオンパレードだったから。

今だから言える話し。
これは決して"悪意"があってのカミングアウトではないことを前提として。
後期バージンホアは関西ローカルライブハウスの「準お抱えバンド」となっていた。
箱サイドからの提案を"あまのじゃく"な俺はことごとく断りつづけ、リーダーでもある峰を始め、たくさんの人、メンバーを相当困らせていたのもあった。
最終的な結論。
表面上は「バージンホア解散」ではあったのだが、実質的には俺の「解雇」でもあった。
これはバンドという集合体として致し方ないことで、当時のメンバーへはとても迷惑をかけた結果でもある。
本来なら峰と新たなプロジェクトへ参加予定だったTEAZZERから電話があった。
「俺な、やっぱりシマ君とバンドやりたいねん!」
彼と命名したバンド名こそ「スラムキャバレー」だった。
そこへSHOWJI(Gt)、SUZY(Ba)、TUCKY(Ds)が加わり、活動を開始したのが1989年。
しかし一身上の都合にて、早々に脱退…。

俺との約束だったよね?
「生きること!」
そうだったよね?
だから、ZIGGYのコピーバンドを京都で組もう!と盛り上がったじゃん?
俺はイカしたメンバーを集めると宣言したよね?
BassにChengerxxxさん、Dramにバン君にお願いしたよ?
言ったじゃん?イッチ、SUZYにお願いして対バンしてもらうって!
そこから徐々にLINEへの返事もなくなり、既読にもならなくなったよね?
いい加減にしろよ!
俺は「頑張れ!頑張れ!」と思いつつも、心臓がはち切れんばかりの毎日だったよ。
怖くて、怖くて。
怖くて仕方がなくてさ…。
でもさ、お前は本当にイカしたヤツだな?
誕生日。
俺が8月20日、イッチが8月21日。
その次の8月22日に逝くなんてさ。

たくさんの素敵な仲間が追悼の言葉をくれたよ。仲間って大切だよね?
君も仲間。
でも、仲間を失うことって…。しんどいもんだぜ?
そして
闘病お疲れ様
たくさんツラい思いしただろ?
でもさ、君が残してくれた作品はVanilla Liquidで蘇らせる!
それが君の「生前の遺言」だったし、二人の約束だよね?
俺は唄うからさ!
ヨロシク哀愁!
そして!
ありがと(涙)…。

KYOJI
VanillaLiquidのギタリスト
sakia君のブログ
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