日本語が母国語の人間がアラビア語を学習する時には、
日本語でアラビア語を勉強するよりも英語、というか欧語でしたほうが楽だと思うと
前回の記事でも言ったと思うけれど、それにはワケがある。
実は、英語とアラビア語のコトバの持つイメージの差異は、
日本語とアラビア語の差異よりも少ないような気がするのだ。
というよりも、英語とアラビア語は、結構、同質のような気がするのだ。
たとえば、ربع الخاليルブウ・リ・ハーリーという名の砂漠があるが、
コレなんか、英語なら直訳でも<empty quater(何もナイ場所)>という、
きちんと意味の通じるコトバになるが、
日本語だと、直訳すと、<空虚な4分の1>というワケがわかんないコトバになってしまう(爆)。
つまり、خاليというコトバなら<empty>という英語の訳語だろうと<空虚な>という日本語の訳語だろうと、アラビア語との間に、コトバの持つ意味やイメージの差異があまりないので、ちゃんと通じるが、
ربعのような単語の場合では、そうはいかないので、英語でアラビア語を学習した方が日本語でアラビア語を学習するよりはずっと楽なのではないかと思うのである。
(あ~・・・、実はربعというコトバは、英語では<quater>という意味で、
このربعや<quater>というコトバは、第一義的には<4分の1>という意味であるが、
<場所>という意味でもよく使われていたりして、
こんなカンジで、英語とアラビア語って、結構、コトバの持つイメージが似てるような気がするんですよね~・・・。
日本語では、ナニをどうやっても、<4分の1>は<場所>って意味にはなりませんしね~・・・)
と、まぁ、こういう事情もあって、アラビア語を勉強するんなら、日本語よりもヨーロッパの言葉の方がやり易いんじゃないかなぁ~っておもうんですよね~・・・。
今日も今日とて、書き逃げて逃走っっっ・・・。