小さな陽だまり -2ページ目

小さな陽だまり

のんびり生きよう。人生なんて塞翁が馬。

おばあちゃん、96で死ぬから


帰省して、一緒に歩いていた時

ふと祖母はそう言った

その時、祖母は95歳だった


人は自分の死期が期が何となく分かるという

ましてこんな具体的な数字で言われると

私は急に怖くなった


三峯でのご祈祷中に

私は神様にお願いした

お祖母ちゃんがいなくなってしまうのが

どうしようもなく怖いんです、と


神様がその願いを聞き届けてくれたのか

祖母は102歳で旅立った


祖母は毎年帰省するたびに衰えていて

昔のように元気になることもないし

祖母自身も、生きていても友達はみんな

いなくなってしまってつやらないと

繰り返しつぶやいていた


祖母からすれば、96歳で旅立ったほうが

身体的にもだいぶ楽だったろうと思う


それでも頑張って長生きしてくれて

私は、毎年祖母に会うことができたし

祖母がだんだん去ろうとしている

その心の準備もすることができた


ありがとう、おばあちゃん

私のわがままを聞いてくれて


自分の機嫌は自分で取る


嫌なことに引きずられたり

思い出して悶々としたり

それがどれだけ人生において

無意味なことかはわかっていたけど

そこからなかなか抜け出せないでいた


ムカつくことはムカつくし

どうしようもないと思ってたけど

それが最近になって

本当にムダなことだと

心が理解したみたい


体を壊すまで悩んだりしたせいか


もっと若い頃にその境地に達していたら

人生もっと変わっていたように思うけど

今からでもきっと

気づけないままよりは断然いい


人生もっと楽しんでいける

まだ、遅くはないし

これから始まる

アタシのやってる仕事柄

美術の造形や興味は

なくてもいいけど

あったほうがいい感じ


そのせいか

美術館や個展に行ってきたなど

そういう話はまあまあ聞く


アタシには美術という高尚なものは

よくわからなくて

それよりは山に登って見下ろす景色に

おおー!と感動する単純さ


もちろん絵画は絵画で

心の深いところに感じるものが

あったりして

お気に入りの絵もちゃんとある


ある友達が

青森の美術館に行きたくて

行ったけど休館だったと話してきた


わざわざ遠くまで行ったのに

行けなかったって

アタシなら絶対

休館日調べるけど


不思議に思って尋ねると

友達はちょっと笑って

「マウント取るためだし」

だって


アタシは目が点

特に何かが見たい!というわけでもなく

そういう理由で行ったりもするんだ


なるほどな〜

でも誰かより優れてみせるために

色んな美術に触れるというのも

ある意味アリなのかもしれない

車の助手席で信号待ち

 

前の車の後部座席には

小さな男の子と女の子

 

振り返ってこちらを見ていた二人は

私たちに手を振って来た

 

気づいたアタシと運転席の友人は

反射的に手を振った

 

応じたアタシたちに気が付くと

二人は目を輝かせ

更に手を振ってくる

 

かわいらしいその姿に

口元を緩ませながら

アタシは両手で振り返す

 

ただ純粋に嬉しいようで
二人は飛び跳ねて

両手をブンブン振り回す

 

こちらも継続して振り続ける

 

しばらく

追走する二台の間で
手を振り合戦は繰り広げられた

 

アタシたちが右折で別れるまで

マイナス五度


三峯の凍えるような寒さの中

日供祭は執り行われる


三峯の宿坊

興雲閣に泊まった人のみが

参列できる


吹きっさらしの拝殿の中

これでもかと防寒対策をした参列者を

ピシリと山の静寂が包み込む


なんで静かなんだろう

生活の雑音が一切ない

本当の無音の空間


自分の心がクリアになり

寒さの聖域の相乗効果で

身がギュッと引き締まる


太鼓の音で

静寂は打ち破られ

三名の狩衣姿の神職が現れ

日供祭は始まる


始まる前のその時間

寒さに震え手をこすりながらも

この時間が好きなのだ