もう、既に出航済みですので、タイトルに偽りありです。スイマセン。
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「Azamara Quest」
2000年就航ですが、最初のクルーズ会社から売却され、2007年に「アザマラ・クエスト」に名前が変わりました。
乗客1.8人に乗務員1人のサービスという贅沢ぶり。
夏季は、ヨーロッパクルーズ。冬季は、アジアなどの世界クルーズだそうです。
乗客694名、乗組員390名。
香港には、和僑会と言う海外で働く日本人の団体があります。
私は、その会員ではありませんが、メルマガのみ購読しています。
そのメルマガに、香港特別行政区行政長官からのメッセージの和訳が掲載されていました。
なかなか良いメッセージであったので、ここに転載させていただきます。
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「幸あれ、日本。」 香港特別行政区行政長官 曽 蔭権
3月11日、日本で起きたマグニチュード9の地震は、大きな津波を引き起こしました。
岩手、宮城、福島、茨城など、多くの沿岸都市は、あっという間に津波に飲み込まれ、数多くのひとびとが、命を落としました。
何年前かに起きた東南アジアでの津波の時とは異なり、今回の津波が、街や、田畑をのみこんでいく様子が、映像や写真によって、世界中に伝えられていきました。
大自然が咆哮するとき、人類はとても小さな存在になってしまいます。
この非情を日本だけでなく、世界が、深く感じました。
日本には、こういう言い伝えがあるそうです。
「地面の奥深くに大きな魚(ナマズ)が住んでいて、神様の監視が緩んだ時に、体を動かします。それが、地震を引き起こすのです。」
現代にはこの言い伝えは通用しはしませんが、地震の予測は難しいので、考え方としてはあまり大差がないように思えます。
この突発的に起こった巨大な変化に対して、日本人は秩序のある国民性を見せてくれました。
これは、日本人の「天災に対する心構え」と関係しています。日本人は、建築物の防震対策だけでなく、心構えも十分にあったのでしょう。だから、この困難な時にも、冷静、団結、秩序、助け合いの精神を十分に発揮し、それが、世界の人々に深い印象を与えてくれました。
地震があったその夜の東京は、交通機関が停止し、帰宅難民が駅の周りに押し寄せたにもかかわらず、秩序が保たれていました。
公衆電話に整然と長い列を作り、自分の番の来るのを待っている人たち。
誰から指示されたということもないのに、帰宅難民のために、場所を提供した学校や施設。
物資の価格を上げることをしないばかりか、下げたり、無料で食糧を配ったスーパー。
そして、自分の使っているダンボールを分け与えたホームレスの方たち。
日本国民のこの種の行動は、集団精神から来ています。
ひとりひとりが、独立した存在ではなく、社会の一分子だと認識し、お互いに助け合っているのです。
この精神が、危機を迎えたときに非常に重要になります。
ひとりひとりが、周りを気遣い迷惑をかけないように、そして、周りの大変さを軽減するための行動をとるということが、大きな問題を比較的簡単に処理できるようにしているのです。
この滅私精神は、香港で2003年に起きたSARSで、危機的状況に陥った香港での行いでもあるのです。
それとは反対に、社会が不安を持っているときに、その不安を増幅するような自分のことしか考えない人々もいます。先日、福島の核汚染の影響が香港にもやってくるという誤報が流れ、多くの市民を恐慌に陥れたというのがひとつの例です。
この日本の災害に対して、私たちは無限の同情をするだけでなく、在日本香港総領事を通じて、いつでも援助させて頂きたいということを申し上げました。
香港にとって日本は、昔から、良き貿易パートナーでもあり、文化交流も深い国です。
香港在住の日本人は2万人を超えます。この困難な時に、私たちは一同となり、この状況の推移を見守り、日本に居る香港人の安全をも確保したいと考えています。
地震と、津波の破壊力は巨大ですが、不屈精神と団結精神のある日本人はこの苦難を乗り越えることができるだけでなく、立ちあがっていくことができると信じております。
歴史を振り返れば、人類の文明は、建造、破壊、再び建造という過程のなかで成長してきています。
また、困難を克服していく過程の中で、人間本来の強さと助け合い精神を見ることが出来ます。
天災は、不測の事態。でも、人間は考えることができます。この出来事は社会と文明の発展に対して意義のあるものだと信じます。
『唐山大地震』の時の締めくくりを最後の言葉にさせていただきます。
明日に恵みを、
人類に希望を、
地球の未来永劫を、祈ります。
