大輔ボルト除去でオフに入院…フィギュアスケート

【トリノ(イタリア)28日】フィギュアスケートの世界選手権で男子で日本人初優勝した高橋大輔(24)=関大大学院=がエキシビション出演後、今季終了後のオフに右ひざに入ったボルトを抜く手術を受けることを明かした。高橋は08年10月に右ひざ前十字じん帯断裂と内側半月板損傷のけがを負い、同11月に手術を受けた際に患部にボルトを入れていた。「1週間入院して、手術後は1か月スケート靴を履けなくなるが、抜くのは早い方がいいと思う」と話した。

http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/winter/news/20100329-OHT1T00116.htm =スポーツ報知参照=


すごいですよ、ほんと(((゜д゜;)))

私は右足首を複雑骨折した際にボルトを入れていたので、この復帰には度肝を抜かれます。


ひざと足首の骨折とは違うかもしれませんが、私がボルトを入れたときは8本入れてました。
右足の右側10針、左側を5針縫いました。正直、怪我のケアやリハビリだけでも大変でした。

しかし高橋選手の怪我はもしかしたらそれ以上の怪我なのかもしれません。それでも
復帰し結果を残してきたというのは

ただただ驚愕です。

私の足首の怪我は複雑骨折で骨が損傷し欠けてしまったものでした。

ボルトをただ入れるのではなく、固定するプレートみたいなものがありそこにネジのように
骨に穴を開け、固定していました。ボルトを入れた後は骨に穴をこじ開けたことになり
麻酔が切れたあとは縫った傷口より骨の芯からの激痛で手術した日は寝れなかったです。

担当のドクターには「健康な骨に穴を開けるから、相当痛むから」と言われました。


骨折し、手術してからは2ヶ月位でギブスを取れるようにはなりますが
3ヶ月間リハビリしていました。


これが痛い。普通に足首を曲げたりするのが激痛です。
リハビリが過酷とはよくいいますが半端ないです。

当時14歳だったので骨の再生も早く、なんとか2ヶ月たったころには歩けるようになりました。
しかしびっこ引いてましたし、この頃が一番辛かった気がします。


それからは走ったり、運動できるようになり手術して半年後にはボルトを除去しました。
抜いた次の日には歩けたので、骨の再生力に子供ながら驚きました。

多分今回の高橋選手は年齢とスポーツ選手ということもあるんでしょうか。
一ヶ月はスケート靴を履かないというのは足に負担は掛けないようにする処置だと思います。

それとも結構な怪我だったのか・・・。ドクターじゃないので分からないですね。


高橋選手が早く抜いた方がいいというのは、私も事実ドクターに言われたことがあります。「ボルトを抜くのは早い方がいい」とはっきりと。


高橋選手の年齢を考えるとリハビリと骨の再生は過酷だったのではないでしょうか。


私の場合は10代の成長期真っ只中でしたので、骨の再生も回復力も大人の何倍でしたが高橋選手は

精神面や体力面でも相当苦しんだと想像できます。



私が何より一番驚いたことがあります。高橋選手も同様だったかもしれませんが


目に見えて足の筋肉が落ちたこと。


しばらくの間は(1ヶ月くらい)ギプスが取れなかったのですが、初めてお風呂の許可が出たときびっくりしました。

骨と皮しかなくなりました。筋肉が完全に落ちてしまったんです。

左足と右足がまったく違う人の足のようになりました。


アスリートは特に感じることになるでしょう。筋力が全く違う訳ですから。

リハビリに加え、落ちた筋肉を戻す。

そして、一度リンクから離れたら、目まぐるしい成長と技術を失うのも早かったと思います。

真っ白になっただろうし、不安も凄まじかったと思います。


彼は怪我のお陰で精神的に強くなったことは演技で証明してくれたことは感動しました。
乗り越えるには相当苦しかったでしょう。

復帰できるかも本人自体も諦めそうになったこともあったと思います。


きっと筋力の落ちた足を見たときは絶望したに違いないでしょう。

一般人の私でさえ、弱弱しい怪我した足に辛くなった時もありました。


私の場合は高校受験前に怪我して、痛さで勉強どころじゃなかったですし
血流も悪くなり、常に足が痛くなり、冬でしたので余計に足がこわばりました。


高橋選手はすごいですよ。本当すごいです。

それは同様にプルシェンコ選手にもいえます。半月板が半分しかないのに軸がぶれても着地できる4回転ジャンプ。

アスリートで尊敬できるのは、こういう困難を乗り越えてくるとこです。

心打ちます。