久しぶりに、
SEKAI NO OWARIの『銀河街の悪夢』を聴きました。
イントロが流れた瞬間、なんだか無性に泣きたいような気持ちになりました。
この曲は、私が鬱病のどん底にいた頃、何度も何度も繰り返し聴いていた曲です。
「悩んでいるのは自分だけじゃないんだ」と、暗闇の中で静かに寄り添い、励ましてくれた大切な一曲でした。
セカオワのFukaseさんは、ADHDやパニック障害を公表されています。私と同じように発達障害を抱え、精神疾患の苦しみを経験された時期があり、その時の心境を歌ったのがこの曲なのだそうです。
今聴くと、「なんて暗い歌なんだろう!」と感じる自分もいます。
でも当時は、「この曲の良さがわからない人は、鬱病の本当の苦しみがわからない人だ」とさえ思っていました。それくらい、当時の私の心そのものを映し出したような歌だったのです。
薬への葛藤と、「本当の自分」
歌詞の中には、処方薬のことも出てきます。
当時の私は、発達障害と診断された自分をどうしても受け入れられずにいました。
「パニック障害なんて自力でどうにかしてやりたい!」という意地のようなものもありました。
「薬を飲めば楽にはなるけれど、薬で楽になっている自分は本当の自分じゃないんじゃないか?」
そんな葛藤から、勝手に薬を減らしてしまう時期もありました。楽になることへの罪悪感や、本当の自分を見失う恐怖とずっと戦っていたのだと思います。
罪悪感と予期不安に押しつぶされそうだった日々
鬱病やパニック障害を抱えていて一番辛かったのは、消えない「罪悪感」と「予期不安」でした。
「今すぐ消えてなくなりたい」
「誰も知り合いのいない、どこか遠い土地へ引っ越したい」
本気でそう思う日もありました。
夫や子どもたちに対しても、些細なことで強い罪悪感を抱いてしまい、周りは誰も気にしていないのに、自分一人で気にしすぎて追い詰められていました。次第に、一番近い存在である家族のことさえ信じられなくなっていたのです。
当時の私は、何もかもを「マイナス思考」や「白黒思考」でしか捉えられなくなっていました。
いくら頭で考えても不安でたまらず、当時は「考え方を変える」なんて絶対に無理だと思っていました。
克服への道のりと、今思うこと
今なら、鬱病やパニック障害の克服についてこう思えます。
**「少しずつ自分の考え方を変えて、前向きに一歩進む。そうしてできることが少しずつ増え、それが自信と安心に繋がっていくものなんだな」**と。
でも、当時の私にそれを言ってもきっと響かなかったはずです。
私がここまで回復し、こうして今働けるようになったのは、自分一人の力ではありません。
私の感情を受け止め、根気強く理解しようとしてくれた家族の励まし。
そして、就労継続支援A型事業所で、毎日温かく声をかけてくださった支援員の方々の存在があったからです。
「大丈夫だから!」
「私たちは味方だからね」
「何が辛い?」「どうしたらいい?どうして欲しい?」
そうやって毎日寄り添い、味方であり続けてくれた人たちがいたからこそ、私は少しずつ「安心」を取り戻すことができました。
おわりに
『銀河街の悪夢』を久しぶりに聴いて、あのどん底だった日々を思い出すとともに、今こうして前を向けていること、そして私を支えてくれたたくさんの人たちへの感謝の気持ちが溢れてきました。
今、暗闇の中にいて「そんなの無理だ」と思っている方にも、どうか焦らず、温かい手を取りながら少しずつ進んでいける日が来ることを願っています。
色々な人の助けに支えられて、今の私がいます。
本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。