東野圭吾さんの『クスノキの番人』を読んで
——言葉にできない思いと、家族との向き合い方
読書好きの父から
「これはミステリーじゃなくてファンタジーだよ」
と譲り受けたのが、
東野圭吾さんの
『クスノキの番人』でした。
東野作品で初のアニメーション映画化もされた本作。「東野圭吾さんのファンタジーってどんな感じだろう?」と想像もつかないまま読み始めましたが、流石の面白さ!物語の続きが気になりすぎて、一気に2日間で読み終えてしまいました。
※ここからはネタバレを含みます
物語のキーとなるのは、
「クスノキ」と「クスノキの番人」。
とあるきっかけで主人公が命じられたのは、神社のクスノキの番人という仕事でした。
業務内容は境内の掃除と参拝者の案内だけ。
肝心のクスノキについては「祈念すると願いが叶う」ということ以外、仕組みも理由も知らされません。主人公は祈念に訪れる人々の姿を通して、読者と一緒に少しずつその秘密を解き明かしていきます。
実はクスノキには、手紙や言葉ではなく、**「その人の頭の中にある記憶や念を後継者に伝える力」**があったのです。そして、その秘密を守り見守るのが「クスノキの番人」の役割でした。
物語を通して胸に残ったのは、こんなメッセージです。
言葉だけでは説明しきれない思いがあること
経験を通してこそ身につくものがあること
親子であっても言えない秘密があり、誰もが複雑な想いを抱えていること
私自身、福祉の仕事をしていることや、祖母を看取った経験があるため、重なる部分が多く深く考えさせられました。
亡くなった祖母は、やりたいことをやり尽くし、伝えたい思いを日記や手紙に残して旅立ちました。悔いのない生き方をした祖母の思いを、私はこれからも受け継いでいきたいと思っています。
一方で、両親との関係についても思いを巡らせました。
私の両親はあまり深く話をしたがらない性格です。私が発達障害や精神疾患を抱えていることもあり、母は「自分の育て方が悪かったのでは」と自分を責めてしまう怖さから、私との深い会話を避けているように感じます。
私自身はもう母を責める気持ちはありません。けれど、それが壁となって自然な会話ができない寂しさや、他の仲が良い親子・兄弟を羨ましく思ってしまう気持ちもあります。
話ができなくなってからや、いなくなってからでは絶対に後悔する——。
言葉にできない想いを行き交わせるクスノキのように、私も生きているうちに、家族と少しずつでも思いを分かち合っていけたらと思っています。
心に温かい余韻を残してくれる素敵な一冊でした。
続編の『クスノキの女神』も出版されているので、気になった方はぜひ読んでみてください!
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