最後にラマダンです。 イスラム教徒はコーランによって禁じられた豚肉,動物の血液などがタブーであり,飲酒も好ましからぬこととされ,イスラム教徒が祈りを唱えながら,のど首をかき切って屠殺(とさつ)した動物の肉だけが食用として許されています。
イスラム暦の第9月は「ラマダン」とよばれる断食月にあたり,日の出から日没のあいだ健康な成人男女はいっさいの飲食物を口にすることは許されず,
食事は夜間に限られています。裏を返せば、日没後は「食い放題」(いくら食べても良い)ということになります。 お腹の空く「若者達」は夜中に必死で食べるのはOK、問題ないそうです。
我々からみると、まるでバカバカしい「ラマダン」ですが、もし、我々が、それを実践したらどうなるのでしょうか? 日の出から日没までの間、一切飲食してはいけないので、間違いなく “餓えを体験” 出来るでしょう。
特に水分とれないのが一番キツイのでは!「日の出から日没」ってことは12時間以上水が飲めない状態、この苦しみに果たして耐えられるのでしょうか?
お腹がすくのは何とか我慢できるとしても、水分がまったくとれないのはマジでキツイことでしょう。でも・・・・・もし、無事これを乗切ったとすれば、究極の喉の渇きを癒す水のおいしいこと、きっと、きっと、涙が出る位、有難いことでしょう!一度「ラマダン」をやって見ると、食べ物のありがたさが身にしみるのは 実践しなくとも想像だけで十分理解できます。
それでは、“すべてものは試し” といって実行するほど勇気のある人、根性のある人は余りいないでしょう。でも、地震、津波などの災害・被害にあって、数日間「飲まず食わず」を体験する日がいつか来るかも知れませんよ?
イエスキリスト様は “パンとワインがあればよい” とのお言葉・・・・下種っぽい言い方をすれば、キリスト様はワインが好きであったのです
がアラーの神様は下戸(げこ)でワインを呑めなかった為、飲酒は好ましからぬことと教えに説いたのかも?
これはアタリ? もし私がある宗教の教祖となれば、上戸なので “酒の呑めない奴は我が信者に非ず” といった戒律をつけるのかも?
いえいえ・・・・・畏れ多くも、イスラム教を冒涜するような発言は慎まなくてはなりません。
14年前、オーストラリアに永住し始めた頃、豪州国からの援助で「英会話510時間無償プログラム」があり、その学校を訪れたら、事務局の窓口の若い美人事務員がたまたまカタール系オージー、頭に白スカーフを巻いていました。 夏にはヘジャブ(ヴェール)よりもスカーフの方が涼しくて楽だと云っていました。そんな会話の中で “私はワインの輸入販売の商売をしたことがある・・・” と話したら、途端に彼女の顔が真顔になって曰く “アルコール類は人を酔わせる魔物です。平常心を失って底知れぬ悪に魅せられてしまうと教えられています” と説教された時はビックリしました。 イスラム圏の話は聞いていましたが、その言葉に一瞬ヒヤリとして彼女の言葉に思わず頷いてしまいました。
歌の文句に「酒は涙か溜息か?」というのがありますが、お酒を呑んで人生を狂わせる人々は毎日何万人もいます。宴席でお酒を呑みすぎて大喧嘩、勢いで暴言を吐く、交通事故を起こす、あの時、もしも “ 酒を呑んでいなければ ” ・・・飲酒運転事故で人身事故を起こすと取り返しのつかないことになります。 お酒のないイスラム圏では、アルコールを呑んだ経験がないので
呑みたいという発想がない、中毒性ということも知らない ・・・これはある意味で「平和で幸福な世界」でしょう。住む世界が違うと、人生観がまったく違うものになるという事を肌で感じました。
何といっても我々凡人は、美味しいワインとおいしい食べ物にありついた時が一番至福なタイムと思うのですが・・・・・
やはり、こんなように “美味しい料理” を満喫して日々を過ごしたい
です ! Only one Life!
多少オモロイ話題をお話ししましょう。
2013年12月、先日 ブラジルで開催されるサッカーのワールドカップW杯の組合せ抽選会で司会を務めていた ブラジル人気女優でテレビキャスターの
Fernanda Lima フェルナンド・ライマ(またはリマ)さんがやや胸元が露出していた衣装を着て出演。抽選会の模様は世界各国で同時中継されていたのですが、イランではイスラム教の規律が厳しく、イラン国営放送は「彼女の衣装は我々の生活習慣に合わない」という理由で中継放送を突然中断してしまいました。
資本主義社会(・・・というよりはキリスト教、仏教社会)では、この衣装(多少オッパイが目立つ服装ですが)をみてすぐにTV中継を停止するようなことはまず考えられませんが、「一事が万事」にて、この場に及んでイスラムの世界に住むことは、例え何百万円積まれても NO THANK YOU! でしょう。豊満なオッパイはとても健康的で 元気の源、不潔な要素などひとつもありません。 健康のバロメーターです。
日本には、インドネシア、バングラデッシュ、パキスタン、イラン、トルコ、エジプト人などイスラム系外国人を含めて約6万に住んでいるらしいが
日本ではイスラム世界のように過酷な処罰がないので大多数のイスラム系市民は日本に住んでいることが “ハピー” なのです。
ノンビリ暮らしてきたボルネイ市民にとっては突然降って湧いたような話・・・・さぞかし多くの市民は困惑していることでしょう。
資本主義に毒された私などボルネイに住むことなと考えもつきません。
死刑廃止論
統計をとっている世界197カ国のうち法律上、事実上の死刑廃止国の合計は139カ国、死刑継続国(存置国)は58カ国となっています。
昔は「殺したヤツは殺しても良い!」・・・・と言う考え方が主流であったのですが、現在の日本の法令は「報復」を禁じています。
従って、死刑の廃止論は数年に一度は話題に上りますが賛否両論があって、なかなか前進しません。
アムネスティの死刑廃止運動は世界的な潮流につながり、1991年、国連の死刑廃止国際条約(自由権規約第二選択議定書)が発効しました。
それから20年あまり経った今日、同条約の批准国は74ヵ国に、また死刑廃止国は世界の3分の2 程度まで拡大しました。
アムネスティの調べでは、2011年、2012年ともほぼ同じ人数で、死刑を執行した国は21カ国、件数は682件であったと報告されています。
(但し、シャリーア(宗教令)によって処罰された人々はこの数字に含まれていません)
残酷、残忍、無慈悲 な死罪、死刑執行は許せないという声が全国に広がり、この地オーストラリアでは、1967年以降、46年間一度も死刑は行われていません。(Death Penalty, Capital Punishment)2010年にはオーストラリア連邦法にてすべての州での死刑制度を廃止すると世界に宣言しました。
お隣の国、インドネシアでは、コカインなど麻薬を密輸しようとして逮捕されると裁判に掛けられて死刑になります。外国人にも容赦なく適用されます。
マレーシア、シンガポールも同じ死罪が宣告されるので日本人でも逮捕されれば例外ではありません。 但し、日本国での密輸、逮捕は死罪となりません。
日本の死刑執行は法務大臣の決裁を得て、年に数回行われています。 日本の死刑執行方法は「絞首刑」で意識喪失までわずか5秒ということですが、極限られた立合人のみにて、詳細は公開されていないので不明です。(日本の刑務所にて死罪を待つ死刑確定者は現在53名となっています)