1970年代、旧ソ連は「鉄のカーテン」と呼ばれていた時代、ロンドンから
羽田空港への帰路の途中、モスクワ空港にてエンジントラブル、40時間近く待機、まちぼうけ・・・・
査証(VISA)がないので空港隣接の国営ホテルにて缶詰め状態。
私は共産圏の牙城「クレムリン赤の広場」をちょっとは見たいという衝動に駆られて、ホテル監視員のスキをついて脱出、TAXIに乗って無事見物成功、思わぬ目的を達成できたと大喜び・・・・・・ところが、ホテルに戻るなり即「スパイ」と間違われて国家保安警察KGBに連行され取り調べ。
ロシア語通訳英語で「尋問」をうけるが英語はまったく
喋れないふりを貫き等して(・・・当時少しは英語を喋れたが・・・)・・・ガマン、ガマン・・・忍の一字・・・・その最中・・・・天の助けか・・・・エンジンの故障修理が終わったという朗報・・・・
結局、予定より2日間遅れの帰国。 ソルジェニーツィンの「収容所群島」を
彷彿させるように不祥事をすると即「逮捕監禁」のお国柄・・・・当時のソ連はまったく情報も何もない “不気味な国” でした。