甘味屋の二階…俺はソラの家に来ていた。
会うのは久しぶりだ。
いきなり来たらすごく驚いてたけど、すごく喜んでくれた。
笑ってくれた。
それだけで、あんなにも嬉しくなるなんてな。
ソラは今、一階で店の片付けをしてる。
俺は一人でソラの部屋の中にいた。
明るい蛍光灯。
外は薄暗い。
本が多く並ぶ部屋に、
ノートや教科書が多く散らばる机。
掛けられた時計。
ソラの部屋は、落ち着く。
俺は何もすることがなく、ただ何となく蛍光灯を見つめていた。
そして何故か、あの時…あの常夜の街で、鳳仙の旦那に言われた言葉を思い出す。
我らの道には、何もない――。
…俺はそれで結構だ。
愛なんていらない。
女や酒なんて論外だ。
そんなもの、そんな余計なものいらない。
俺が求めるのは、強さと戦場のみ。
愛なんて、いらない。
「…は…」
あの時、そんなものは下らないと思っていたのに…どうしてだ。
どうして、こんなにも――…。
愛しいんだ。
最初はなんとも思わなかった。
ただの雑魚だと。
強い子を産むかもしれない、ただの人間。
それしか思ってなかった。
それが今は、こうして少しの休みの間でもソラの元に通うようになった。
愛しい。
何でか知らないし、アイツを愛しく思うなんてこれっぽっちも思わなかった。
想うつもりなどなかったのに。
今では全てが愛しくて。
触れたくて。
抱き締めたくて。
全てを俺のものにしたい。
体も。
心も。
視線も。
髪も。
声も。
肌も。
笑顔も。
全部、アイツの…ソラの全てを俺のものにしたい。
全部。そう、全部。
ソラの…命までも、俺のものに――…
「神威?」
「!」
ソラが俺の顔を覗き込んできた。
どうやら片付けを終えて部屋に戻ってきたらしい。
水仕事もしたようで、手は赤い。
俺はソラが戻ってきたことに気づかなかった。
ソラが声をかけてくれなければ、きっと俺は…ソラといるときは白に戻りつつある俺は、また黒く染まっていただろう。
ソラさえも黒く…紅く、染めてしまっていたかもしれない。
黙りこくる俺に、ソラは不安を覚えたらしい。
心配そうな顔をしている。
「神威?どうしたの?
熱とかあったりする?体調悪いなら、寝てた方が…」
熱があるのかと勘違いしたソラは、俺の額に手をあてた。
冷んやりした手が心地よい。
そう思うのと同時…いや、それよりも早かったかもしれない。
俺はソラを抱き締めた。
「え…か、神威!?」
「怖いんだ…」
怖い。
黒く染まってしまいそうで、怖い。
「怖い?」
「黒く染めてしまうんじゃないかって…。
俺には、何もないんじゃないかって…。
怖いんだ」
「………」
ソラをなくしてしまいそうで怖いんだ。
「…きっと…俺の歩いてきた道には、何もない」
何もない。
ソラもいずれ、なくしてしまうだろう。
きっと、俺は…
「そんなことない」
「え?」
ソラがはっきりした口調でそう答えた。
俺は思わず聞き返してしまう。
「何もなくなんかない。
神威が生きてきたって足跡がある。
それだけじゃない。私は神威の軌跡を作る」
何故だろう。
妙に安心する。
「…言われたんだよ。本当に欲しいものを前にしても、それを抱き締める腕もないって」
「それなら私が抱き締める」
ソラは俺の一言一言にはっきりと言葉を返してくる。
「爪を…つきたてることしかできないんだ」
「それなら私が爪を外す。
爪を外して手を握る」
「引き寄せれば引き寄せるほど、爪は深く食い込むんだ」
「それなら私が近付いてく。引き寄せる距離もないほど、近付いてく」
「手をのばせばのばすほど、遠く離れていくんだって…」
「それなら私も手をのばす。遠く離れても、手が届くように手をのばす」
いつも俺に迫られてはオドオドしてるくせに。
何だってこんなにはっきり言葉を返してくるんだ。
何でこんなに安心するんだ。
何で…涙が…。
「大丈夫。
もし、神威が黒く染まっても…私が神威を洗い流すから。だから私が黒く染まっても、神威が私を洗い流して。」
「………ソラ…」
「ずっと私は変わらずにいるから。
此処にいるから。」
ソラが俺を抱き締めた。
小さな手。
人を殺したことなんかない、綺麗な、温かい手。
この温もりだけは、ソラだけは…
「…神威」
「……ありがとう、ソラ」