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「見る」のではなく「観る」視点

いろんな出来事を心理学を交えて分析することに挑戦するブログです

ギリシャで連立政党が過半数割れし、フランスではサルコジ大統領が敗北。


海外との取引が多いワタシにとっては単純にうれしい話。

円がどんどん値上がりするので、商品の買いつけがしやすい。



それはさておき、なんだか難しい話に聞こえるが、ワタシにはとてもシンプルに考えてしまう。





日本でもそうだが、頭の良さそうな人、政治家、学者さん、評論家がさもよく知っているような顔でしゃべるこの言葉。


「日本はこのままだと財政破綻してしまいます。ですから、やはりそこは増税をして、そして皆さんには痛みをわかちあっていただいて・・・」


今回は、同じことをヨーロッパでほざいていた、えらい政治家さんたちが民衆から見放され「NO」を突きつけられたという簡単なハナシ。


ところがそれに対して今夜も日本のメディアの評論家さんたちが口をそろえていっている。

「とてもよくないことです。国が破綻したら大変なことになります。日本は同じ道を歩まないようにしなければ」



なんだか悪いのは一般の私たちで、その責任をお金を払ってすませないと、その罰を受けるようにさえ聞こえてしまう。



だまされちゃいけない。

国が破綻して一番困るのはだれか。

それはおいしい汁を吸っているお金持ちさんのほうなのです。


もっている財産、土地や株や海外のお金などの価値がどんどん下がるのだから、もっている人ほど困るのです。


それを回避するために日本人全員を脅す。

「お前らの金を差し出せよ。嫌な思いしたくないだろ。ちょっと税金あげるだけだ。破綻することを考えればたいした額じゃないよ」


ちょっと待って欲しい。

だれのせいでこんなことになったんだ!?

大金をもてあそんで失敗して、そのつけを税金にまわしているじゃないか。

無駄な建物とシステムをじゃんじゃん作って、天下って、高い給料とって借金増やしたのはだれだ?

目先の欲に目がくらんで銀行の金をじゃぶじゃぶ金で金を儲けるために株や土地や先物取引に手を出して、税金で助けてもらったのはだれだ?


財政破綻なんて、普通に生きている庶民と同じように、入ったお金以上につかわなきゃ絶対おきないこと。




そして、いつもと同じようにまた税金差し出すなんておろかなことをしても、どうせ同じことを繰り返すだけ。

それなら、いっそギリシャやフランスのように態度をはっきりしたほうが、そういうやつらに危機感を与えれるのではないかと思う。


一度親の財布からお金をくすねることを覚えてしまった子どもは、親に見つかって大変なことになるまで決して辞めることはできない。

官僚も投資家も政治家も金持ちも結局税金でその場をつくろっていけば、いつまでもせびり続けることだと思う。



東電のあの恐ろしい失態をみても、なんら態度の変えることのないカンデン。

電力が補えるかどうかなんて彼らにはどうでもいいこと。要するに15%くらい足りないといって、その分原発を動かせば税金という利益が国から流れ込み、黒字の体質にしたいということが見え隠れする。


東電も恐ろしい。

税金をもらうときはこっそり政府にお願いをして、値上げだけは「権利だぞ」と脅す。

「いやなら他から電力買えばいいだろ」

まるで江戸時代の悪代官と民衆のような構図。



ワタシは右翼でも左翼でもなく、普通に平安に暮らしたいと願うだけの人間だが、今回のヨーロッパでのこの民衆の怒りの行動の結果を「愚かじゃないでしょうか?」と声をそろえる日本のメディアの恐ろしさに寒気がする。



ちょっとまてよ。

誰のせいでこんなことになったのか、ばっさり口にできるメディアや評論家はいないのか?

あそこまで破廉恥でわかりやすい行動をとっている東電を真っ向から非難できないくせに、塩谷瞬だとぼろくそにたたくメディアを見ると、そりゃ学校での弱いものイジメもなくならないよな、一番のイジメのやり方のお手本なんだからと思ってしまう。(個人的に塩谷瞬にもあきれていることに間違いはないが)







今日はただの月曜日ではなく、GW明けの月曜日。

「相当に憂鬱」

という人が多いのではないだろうか。



昨晩はとにかく「明日が来ないでくれ」「くるならゆっくりやってこい」、と願っていたワタシ。

こんな日に会社に行くのは本当につらい。



そんな気分が乗らない時にすることはいつも決めてある。

もともと朝風呂派ではあるが、とにかくいつもより早くおきて、2時間くらいお風呂につかる。


そして、会社に到着すると、「やらなきゃいけない仕事」は無視して、「やりたい仕事」をする。

特に整理整頓を中心に行う。

たまった机の書類の整理。

営業車の中の整理。

そして、パソコンのデータの整理。


何もせずため息をついているよりも、今目の前でできることをするほうがマシ。


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さて、最近とても多いのが会社をすぐに辞める人のハナシ。

離婚話とこのハナシは本当に身の回りに多い。


「若いやつはちょっと叱ったら会社をやめるんだよ」


この気持ちは会社の役員としてよくわかる。

せっかくこちらの手間暇をつかって、お金も時間もかけて、お荷物だったやつがようやく少し仕事できるようになったな、と思ったらフイと辞める。


ガックリくる。


けれど、ワタシ自身以前に会社を辞めた立場。

辞めた側の気持ちもわかる。


叱られたことは確かに辞める最終のキッカケであり、決断をした瞬間。


けれど、それ以前に、今の自分がこのまま働き続けて明るい未来が想像できなかったということが一番大きかった。

●毎日文句を言われる割には、フォローはしてもらえない

●自分をどう育てようかという気持ちがまったく上司から感じれない

●人間関係がつまらないのに、その会社の雰囲気をまとめてくれるようなリーダーがいない


給料が安いのは今の日本では仕方の無いこと。

実は給料が多少安くても本当は簡単辞めたいなどと思っている人はいないはず。

やめて、また会社を探してイチからはじめるほうが大変なのだから、出来れば会社を続けたいと思っているはず。


やはり百歩譲って私は今の経営者や上司の面倒見の悪さが原因なんだと思う。




大手企業は面倒くささとコストの面から、大卒の日本人ですら雇わない傾向になってきている。

けれどそれはまた浅はかな考えだと思う。


日本は「日本の文化」を売り物にしてきた。

日本が作る製品にはその文化があり、それは精度の高さ、完璧な商品ということで世界に受け入れられてきた。


同じくこれからも日本の文化を製品にしたものが売れる。

それがアニメであり、ネット文化であり、今の若者たちのファッションであり、そして日本そのものである。


日本に来た中国人や他の外国人労働者がいかにすばらしくて、ハングリー精神があって、能力が高くても、日本の製品に日本の文化をもたせることはできない。



日本人だけが唯一理解していないのは、日本以外の国は日本のものすべてに高い関心と憧れを持っているということ。

それはあたかも敗戦から這い上がる日本が、当時のアメリカやヨーロッパの文化にあこがれたのと同じ状況だと思う。こぞって海外旅行に行き、高いブランド商品を買って帰り、日本国内でも外車にあこがれる。


それが、いまやようやく日本がその立場に立ちつつある。

ありえない戦後の長い経済成長と平和によって、歴史上類を見ないくらい文化的に熟成されてきた日本の文化が世界の憧れになろうとするときに、安い労働力やハングリーな人間が欲しいといって、わざわざ日本で育った日本文化の塊の若者を、「使えない」といって切り捨てようとしていると思えてならない。



われわれおっさんと呼ばれる世代の問題は、自分たちが育ったときと同じ環境のものさしで若い社員を測っていること。

彼らが求めているものは、なんなのか、それは以外とみんなどの世代も同じなのではないかと思う。


ワタシがアメリカの大学で、社会心理学でならった、人間の労働する本質的な価値というものを思い出した。


自分が働くことで、誰かの役に立ちたい、ということ。

自分が働くことで、誰かが喜んでくれる、ということ。

そして、誰かが自分を必要としてくれること。


人間が働く本質はこういうことではないかという授業だった。


営業のワタシは、若い社員さんたちにはがんばって残業してもらって、納期を早めて作ってくれた商品を、具体的にどう喜んでもらえたかを意識して伝えるようにしている。

若い社員さんたちが時間をかけて調べてくれた情報で、お客さんが注文をくれたことを伝えるようにしている。


よく考えたら自分自身がそうだった。

給料あがるのもうれしいが、それよりも実はお客さんから直接喜んでもらえたとき、新しいお客さんから注文をもらえたとき、担当が替わるときに「残念だ、変わらないでほしい」といわれたとき、同僚に「オマエに助けられた」といってもらえたとき・・・


これは家庭でも、夫婦でも、友人関係でも、なんでも一緒ではないかと思う。


無理に感謝をするのではないが、うれしいこと、ありがたかったことをしっかりと周囲と共有すること。



と、あまりにも月曜日がつらくて、ブログに逃げてしまいました。

仕事しよっと。




どうして日本人はiPHONE好きが多いのだろう・・・

不思議で仕方が無い。


自分の携帯を去年アンドロイドのスマフォに換え、年始からAUのiPHONEを会社から支給され、興味しんしんでつかって数ヶ月。

つかいにくい。


私の母はまさにジョブズ氏が死去する前のブームに乗せられて、iPHONEを購入したが、使っている機能はメール、電話、本当にたまにウェブと写真撮影。

喜んで購入した割りに、何をしたいかなんかわからずに買っているのだからこんなものだろう。


ここではiPHONEとアンドロイドの機械的な違いを述べるつもりはないが、不思議なのはiPHONEを欲しがっている周囲の人間やネットでの相談をみていると面白い質問がでてくる。こと。


「iPHONEを買おうとおもっているのですが、iPHONEとスマフォの違いってなに?」


いやいや、iPHONE、アンドロイド、WINDOWSフォン、その他を含めてスマフォでしょう。



この質問が露骨に示しているように、iPHONEを理解せず、とにかくメディアでiPHONEが売れている、みんなiPHONE買っている、という情報に洗脳されてしまっている証だとおもう。

スマフォがどういうもので、何のために今スマフォが欲しいと思っているかということは自分自身かんがえていないのであろう。


ちゃんとiPHONEのメリットを理解して買って使っている人は一握りだろう。

そもそもアメリカ人が作った携帯電話で、それもパソコン業界でいうと超マイナーなパソコンのシステムを有しているアップル社。せめて普段からアップルのiPAD、iPOD、MAC、それとITUNESを普段から使っているのであればiPHONEはすばらしい選択だと思うが、修理、サポート、日本人向けの機能、そして普段のパソコンがWINDOWSなら、私レベルの普通の知識しかない人間には、日本人向けにアレンジして作られたアンドロイドのほうが圧倒的に便利。



ここから本題。


日本人というのはとかく周囲の意見に弱い。

とにかく流行っているものが好き。


これはなんだろうかと考えてみると、これは日本人であるが故の習性なんだと気づく。



よく考えれば、一般的な日本の家庭では、子どもは

「何のために生きるのか」

「自分は何をしたいのか」

「どういう仕事をしてみたいか」


なんてことはまず考えさせてもらえない。


そんなことをいうと、「そんなことを考える暇があるなら勉強しなさい」となる。

子どもはとにかく勉強して、良い成績をとることがすばらしいと教えられる。そして、


「それはあなたのためなのよ。勉強をがんばって少しでもいい学校に入れば、いい会社にはいれるんだから」


ということを言われる。


目的のはっきりとしない、漠然とした将来のために勉強をなんとなくがんばる。

そして周りをみてもたいてい同じようなことをいっている親と同級生たちがいて、そのうちみんなが塾にいくと、自分もなんとなくいったほうがいいように思いだす。


はっきりと「自分は●●がしたい」「いつかこうなりたい」という明確な目的や意思が無いのだから、周囲がどうしているかということがとても気になるのは当然の流れ。

そういう人が多い日本において、AKBなどが流行るのもよくわかる。


自分のしたいことが無い、けれどそのままだと孤独だから「AKB」という媒体を通じて他人とつながっているという感覚をつかみたいということだろうか。



iPHONEも、好きな芸能人も否定する気はまったくない。


流行にのっているとなんとなくほっとする気持ちもわかる。



けれど、ちょっと海外に行った人ならわかるだろう。

日本人の意思のなさ、目的のなさ、そしてそこから生まれる個性のなさ。


見た目と格好が奇抜なのは個性だとは思わない。


40歳ちかくなって「自分さがし」「生きる意味とはなんだ」とあわてるより、子どものうちに悩めるような国であるべきじゃないだろうか、と孔子の「40にして惑わず」という格言を思い出す。



iPHONEからちょっと話が飛躍しすぎたかな。





心理学的に非常に面白い。

テレビやネットの反応は、当初こそ塩谷さんに批判的であったものの、ここにきて擁護する意見もでてきている。

わかりやすい社会的正義に全員がなびきやすい日本人にしては非常に珍しい反応。


「女性の芸人やタレント、俳優が7マタかけているという話をバラエティ番組ではみんな批判しないのに、なぜ彼にはこんなに批判的なんだ」
「芸能界では略奪愛さえ祝福することもあるのに、なぜこれは許されないんだ」
という意見がでてきている。


私の意見はどちらでもない。
彼を批判する意見、擁護する意見、どちらも偏っているとおもう。

今回は許されることと許されないことが入り混じっている。


●許されること
「不倫」、「略奪」、「複数の女性を同時に愛する」、というのは道徳的にはダメだとされているが、文学芸術の世界においては必ずしも悪ではない。
これを否定することができるような潔白な人生を歩む人しかいない世界ならば、この世は恐ろしくつまらないものであり、くだらなく、そういうことを一切許さない世の中にしたいのであれば、人間は滅びてロボットだけの世の中にすべきだとおもう。
社会学的にも「道徳」「社会の規範」「倫理観」というのは、あくまで歴史が「社会全体」を安定させるためにつくったものであり、過去、悪だったものが善になったり、その逆もあるということである。

この部分を否定すれば、大半の芸能人のみならず、私たちだって人にいえないことは多々あるとおもう。

世間的にはだれもおおぴらにはいえないが、要するにここは許されてもいいだろう、とおもう。


●許されないこと
ここが今回の肝だとおもわれるが、彼が決して許されないのは、「結婚」という言葉を女性に対して使ったこと。
女性にとって結婚というのは男性以上に自分の人生を変えるような重大な要素。

結婚には人間にとってもっとも重要な自分の子孫を残す、家庭を作る、血をつなぐことである。

男性にとっては多少年をとっても問題はないが、女性にとっては子どもが欲しいならタイムリミットがあることである。
そういう意味において、結婚という言葉を使って女性をくどいている男はそういう意味では最低であり、許されるものではないとおもう。


ここまでが私が冷静に判断できる部分。

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さて、ここからは冷静な視点抜きに、感情論。

はあ、情けないオトコ。
男前のクセに自信が無いのか、結婚をちらつかせないと女を落とせないのか?

それから腹が立つのは涙の記者会見での言葉。
言葉尻がおかしい。
「ケジメをつけるために別れた」というような言い方、おかしいでしょう?
「ひどいことをしたので、捨てられました」といえないのか?

それから言い訳になるとまあよくしゃべる。
オトコなら黙って批判を浴び続けるくらいの腹は無いのか?
ペラペラペラペラ泣きながら、同情をひくようなことばかり・・・

こういうやつの謝罪の一発目だけ、アホみたいに異常に90度以上の意味不明なお辞儀をする。
そしてその態度とうらはらに、あとから言い訳の連続。
押尾さんにそっくり。

そもそもなんのために泣いている?
泣きたいのは女性二人だろう?


ただ、その女性方にも少々苦言。

オトコを見る目が無いということは認めたほうがいい。

できる女性、才能のある女性はどうもこの傾向が強い。

やはりいい男を見るには内面。

好きな女性にアピールしたくてもできずにモジモジしている、見た目は少々悪くても、心意気のある男にもう少し光を当てて欲しいところ。