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「見る」のではなく「観る」視点

いろんな出来事を心理学を交えて分析することに挑戦するブログです

ちかごろ、世の中が非常に乱れて、この世の終わりがくるような雰囲気を感じているヒトが多いのではないだろうか。



ワタシはそうは思わない。

一気に世の中が狂い始めるなんてことはない。

これは不景気のせいなのだ。



景気の良かった時代、誰一人年金問題、国の負債の問題、議員の給料の問題、天下り問題に目を向けず、テレビでそんなものを放映しても視聴率はあがらなかった。

そんなときに視聴率があがるのは海外旅行に関する番組だったり、高級品などの話題。


交通事故の問題を取り上げると良くわかる。

今回、GWに悲惨な事故があったこと、また暴走車両があったことをメディアが一気に報じたため、非常に大きな話題になり、よくわかっていない大半のヒトは、今、急激に日本で暴走事故や死亡事故が増えていると感じているだろう。

ところが、現実は11年以上死亡事故は下落しており、数字だけならGW中も例年より下がっているということは知らない人が多いだろう。

(もちろん事故当事者、関係者の方々のつらい気持ちに数字は関係ない)



不景気になり、以前より生活が苦しくなっているヒトが多くなると、メディアも視聴者が求める話題に集中する。要するに不幸な話題。


他人の不幸をみることで、自分の不幸が柔らぐ。それがましてやきらびやかな、うらやましさの対象である芸能人の失墜ほど、みていて心地よいものは無い。


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今回のこの不正受給問題の裏にいろんなものが見え隠れする。

心理学的な分析も踏まえた私なりの分析をかいてみたい。



●河本準一さん

法的には悪いことはしていない。

むしろ、銀行員の知人にいわせると、芸能人の多くは長期ローンなどは信用問題で組めないことが多いとのこと。今、たくさん儲かっていても、ブームが終われば収入が途絶えたすぐなら過去の税金の支払いで一気に苦しむことも多いそうだ(野球選手に特に多い)

将来の不安があったことは間違いないだろう。


普段豪遊しているとはいえ、おそらくは芸能界での交友関係を作っておかないと、いろんな番組にもいれてもらえないだろう。だから他人との接待交際費も確かに半端ないだろうと思う。


何より、一番問題なのは、子どもが裕福なら親を養うべきという風習がこの事件をきっかけに強まれば、それはそれでいろんな問題を生み出す可能性がある。

ワタシの周囲で意外と多いのが、ギャンブルにはまり借金まみれになっている5~60台の父親。


その借金返済に苦しんでいる子ども(40歳くらいの同僚)を見ると、なんともいえない。


子は親を選べないのだ。


だから、むしろ子が裕福なら親を養えというのは、ちょっと怖い議論になる。

親族で金持ちがいたら、何をしたっていいじゃないかという人間が増えるだろう。


唯一彼に苦言があるとしたら、やはり儲かっているときは補助ではなく、需給をとめるべきだっただろう。



●片山さつき

今回の件で一番許せない人間。


一般人なら名指しで攻め立てる。

おいおい、それなら霞ヶ関にいる官僚たちにたちむかってみろ。

それなら国会の議会でもっとこの問題に立ち向かったらいいだろう。


単なる売名行為にしか見えない。

結果としてこの問題がクローズアップされたとしても、本人が自分を目立たせるためにやっているのであれば、最低だろう。


有名人を血祭りに上げて名を上げる。

国会議員の仕事はそういうことではないだろう。

人目のつかない、わかりにくい地味な議案の積み上げ、調査の積み上げ、根気のある根回し、議会での討論こそがあなたの仕事だろう?


こんなことで議員と評価されるようになると、どんどんレベルの低い議員が出現する。


だって、ツイッターやブログで適当に目だった人間の揚げ足をとれば議員として評価される。

こんなこと誰だってできる。国会議員の本職をまったく全うしていない。



ひどい裏読みをすれば、(妄想だが)、国の官僚の頭のいいやつが、税金の支出を減らしたいがために、今度の選挙でちょっとやばそうな人間に「いい情報ありますよ。有名人のあいつの母が不正受給の疑いあります」といったなら、選挙を控えた心理として、そして野党に落ちてしまった人間として、「lこりゃチャンス」と思うのは当然かもしれない。

そして、ほくそえんでいるのは、ややこしい不正受給者を手を汚さず、世論の高まりということを理由に受給額をさげることができるお役所さんだろう。


とにかく今回一番最低だった人間だろう。



●不正受給者

ワタシは不正受給者を責めることがおかしいと思う。

田舎の道端で店員もおかず、自己申告で野菜や果物を販売しているのとおなじことだからだ。

しかも野菜や果物の変わりに金を入れたカゴが置いているのだから。

「もっていっていい」とかいてあるものを、もっていかないのはよほど心が美しい人のみだろう。


そんな馬鹿げた制度が間違っている。


ワタシがアメリカにいたときは、「クーポン」が配られていたのを覚えている。

ドイツ系アメリカ人の母子家庭に食事に招待されたときだった。

一緒に買い物に言ったときに、「果物」「牛乳」とか書かれた紙をレジで渡していたので聞いたら、「お金が無いので、州から援助してもらっている」といってくれた。


ひどい質問をしたとあとから後悔したが、あのとき食べた食事は、単身で孤独なアメリカ生活をおくっていた私には本当にあたたかい食事だった。


クーポンについては使う人が貧困だとバレルという論議もあったが、やはりどう考えてもお金を配るというのは間違っているだろう。


この制度をかえることを国会議員(片山さつき)が提案すると、その人たちの票を失う。

だから誰もこれを議論しようとしない。

なさけない国会議員ども。そして官僚たち。



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さあ、今度はどんな社会の不幸ネタをメディアはぶちあげるのだろうか。


人の不幸はワタシも気になるが、やはり毎日の生活は自分が今本当にすべきこと、したいことを考え、他人と自分を比べることだけはやめたいなと思う。






2歳になったばかりのわが娘は、同年代の子どもと同様、エネルギーの塊。


眠る寸前まで動き続けている。

歌い、話し、歩き、走り、飛び跳ね、泣き、笑い、食べ、そしてワタシを常に笑わせたり困らせたりする。


ワタシはアメリカで長年生活したこと、そしてCHILD DEVELOPMENT(成長心理学?)という子どもの成長に関するものも含めた心理学を専攻したこともあり、子どもが生まれる前から、親である自分がどう子どもの成長にかかわるかをとても大切に考えてきた。


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アメリカの何気ない普段の生活で一つ覚えていることは、公共の場でアメリカの子どもたちというのは、想像以上にマナーが良いこと。


日本では極力電車に乗りたくないのだが、その一番の理由は子どもが偉そうに座っている姿。
他人の足をけり、荷物ものせて、飛び跳ねている。
それを親が当然のような顔をしている。


アメリカの若者は日本人の学生よりも、とんでもない無茶をする反面、場をわきまえている。
無茶苦茶するときは日本ではありえないようなことをするが、それはいろんな人が集まる場所ではない。


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答えは簡単。
アメリカ人の多くが子どものころから教会に行くことが一番の理由だろう。


ワタシは宗教は信じていないが、アメリカで生活している間は毎週日曜日に教会に通っていた。
ホームステー先、クリスチャン系の大学寮、雰囲気がそうさせたのだろう。

長年、毎週通ったが、一度たりとも子どもの泣き声、叫び声、走り回る姿は見ていない。


あるとても寒い冬、シアトルは緯度的には北海道に匹敵する位置だが、異常に寒い猛吹雪の日、生後2~3ヶ月の赤ちゃんだろう・・・
わずかに「おぎゃあ・・・」といった瞬間、お母さんが赤ちゃんを抱きかかえ、あっという間に教会の外に出てしまった。

これなのだ。


これを赤ちゃんのときから繰り返して育てられているのだ。
叱らなくても、脅さなくても、おやつでごまかさなくても、親がとても寒いのに赤ちゃんを冷えないように抱えながら、じっと我慢をしている。赤ちゃんには直感で母親のつらさが伝わっているのだろう。

これほどすばらしい教育方法は無い。

グズル子どもを放置するわけでもない。
かといって、暴力や恐怖、叱責でおさえつけるわけでもない。

殴らない、けれど甘やかさしたり放置しなくても、ちゃんと子どもをしつける方法が存在する。


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親の心情として、レストランで子どもが泣き叫んだとき、
「しずかにしろ!」とお父さんやお母さんが怒り、ときには殴る。

この親の心理といえば、


「オレは今、腹が減っていて飯がくいたい。けれどオマエが泣くと、周りの人から非難の視線を浴びて食べにくい。だから泣くなら殴る」
というものなのだ。
子どもをしつけているフリをして、自分の「食欲」という欲求を優先しているだけ。


じゃあ、泣き叫ぶ子どもに
「泣かないでよ。泣き止んだらアイスクリームあげるから」といえばいいのか?

これまた親の心情は殴る親と同じ。
「ワタシは今、ご飯をたべたいのよ。アイスクリームあげるからだまってよ」

こちらも別に親が子どもを正しく躾けたい、大きくなったときに恥をかかないように正しく教育してあげたい、という気持ちはみじんもない。
あるのは自分の食欲。

ところが親というのは、子どもにその心を見抜かれているのに、バカ丸出しで「オマエのために叱っているんだ」といってしまう。


一番良いのは、やはり教会のお母さんのように、グズル子どもは親自身が犠牲になって、だまって外へ連れ出し、叱ることなく、落ち着くまで外にいることだろう。
子どもは察する能力が高いので、説明せずとも理解できる。


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ワタシのムスメは1歳の中ごろから簡単な会話が成立しており、その頃から意識しているのは、叱るのではなく、「悲しいということ」を伝えるようにしている。

レストランでぐずったら、外に一緒に出て、「お父さんおなかすいた」というと、娘が悲しい顔で「トウシャン、カワイそう」と理解しているのかしていないのかはさだかでないが、慰めてくれる。
そしたら「じゃあご飯食べに行こう」といって中に入る。
すると、案の定またグズる。そしたら外へでて同じことを言っていると、最近は「オトウサン、ご飯食べようか?」といって、前より静かにしてくれるようになってきた。


そう、たいてい親が子どもを叱るときは、その子のためを思って叱っていることなんてほとんどない。
水や食べ物をこぼしたら、片付けるのが大変だから叱っているのだ。
外で遊んで水溜りに入っていったら、服が汚れて、クルマが汚れるし、家にかえったら洗濯が増えるからしかってしまう。

ワタシは1~3歳の間は極力しからないように心がけている。
唯一叱るのは、母親の顔をたたいたとき。
けれど、絶対に頭はたたかない。子どもの手をパチンとたたく。
そして、「お母さんが痛いっていってるでしょ」と強く言う。

走り回ってアスファルトでぶっ倒れて、ヒザが血まみれになっても泣かない痛みに強い娘が、たったこれだけで大粒の涙をこぼす。


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会社でも同じ。
すぐに部下をしかりつける上司がいるが、叱り付けられたほうはたいてい納得いっていないはず。
当たり前のことで、ほとんどの上司は部下のことなぞ考えて叱っていないから。
上司は、自分の面子や、自分の都合に支障がきたすから怒鳴っているだけ。


大切なことは、自分自身が他人を叱るとき、いったいなぜ叱りたいのか、誰のために叱りたいのか、を一瞬冷静になって考えれば、ほとんどは自分の都合のためだと気づく。
そして、叱らなくてもそれを解決する方法は他にあることに気づく。

月曜の朝の忙しいときに、「ダッコ、ダッコ」を連発して迫ってくる娘の表情が、最近とてもいとおしい。
そして、娘のおかげで失敗ばかりする部下にも腹立ちよりいとおしさがつのる今日この頃。


聞くだけで腹が立つ上司の言葉、


「努力しろ」「がんばれ」「気合がたらない」


要するに根性論。



あのね、仕事は金をもらってやるのだからプロフェッショナルなのです。

根性でどうこうするのは学生レベルのものの考え方。

こんなことを毎日ガミガミいって、部下を萎縮させているだけの上司が金をもらっているのをみると、あきれはてます。




6~7年前、人の話を聞くのが退屈なワタシが、2時間の講演中、まばたきすらできなかった面白い講師とであった。


しなの鉄道という累積赤字24億円をかかえた会社を、2002年に就任して2005年には黒字に変えたという社長の話。


しなの鉄道は第3セクターの会社であったが、そこに私たちになじみの多い、旅行会社の「H.I.S.」から人材派遣という形で、杉野さんという人が社長に送り込まれた。


ワタシが講演を聴いたのが2006年くらいだったから、会社が黒字になって退任された直後だったと思う。


そういう経歴とはまったく裏腹の普通のHISで添乗員でもしてそうな、気さくな方だった。





その方の話で強烈だったものはいくつかあるが、忘れられないのは、


「情報は高きから低きに流れる。

 簡単にいえば、一般の社員が知っていることの大半は上司には流れません。」


ということだった。


当たり前のことだという。


「会社のえらいさんが、朝礼で、『報、連、相』などと声高に叫んでいるのはバカだと思う。

 だって私自身がサラリーマンでしょ?

 自分の失敗や、都合の悪いことをわざわざ自分で進んで上司に報告しますか?

 怒られるだけでしょ?」


まったくその通り。


「だから、ボクは社長として出向しましたけれど、もともとサラリーマンです。

 高い位置にいると、会社の本当の情報がもらえないんです。

 だから、位置を低くしました。社長室ではなく、みなさんと同じ職場に同じテーブルで仕事をして、社長とよばな  いようにいいました。

 弁当も同じものを食べて、そしてどんなにワルイ話や材料が定時されても絶対に怒らない。

 怒ると、二度と情報が流れてこないんですよ。」


「正しい情報、正確な情報を知ることが会社運営にはとても大切。

 だれが偉いかなんでどっちでもいいんですよ。

 正しい情報を早くしれば、それが鉄道では命や安全にかかわることなら、事前に事故を防げるんです。」


「そうやって、色んな情報が入ってくるようになれば、誰だって会社を良い方向に向けることはできるんですよ」



すばらしい。


今もなお、それが私の仕事の教訓です。


会社でワタシにもささやかながら部下がいる。

彼らがミスをする。

それを叱っていったい何が起きるのか?

良く考えたら、怒られた本人が落ち込んでおしまい。

せいぜい、ワタシはストレスをぶつけてちょっと気持ちがいいくらい。


これが会社にとって何のプラスになったのか・・・


ということで、部下がミスして思わず口からでそうになる怒りの一言をこらえ、無理にでも笑顔でこういいます。


「どういうミスがあったのか、怒らないから具体的に教えて欲しい。」

と優しく声をかけると、恐る恐る報告してくれる。そしたらすぐに


「正直にいってくれてありがとう。なるほど、それならワタシならこういう説明と対策でいけると思うけれど、君ならどう思う?」


と、煮えくり返る気持ちをおさえながら冷静に話します(苦笑)


でも、不思議なもので、ワタシの部下のチームは問題があれば、だんだんと早い段階で教えてくれるようになったし、問題が起きたときは前もって対策品や、対応策も一緒にもってきてくれるようになり始めている。


結局お客さんも、ミスがあったことは怒っても、対応が早ければその怒りは最低限で済むし、他社と比較された場合にはむしろ「対応が早いね」と信頼を得ることもあるくらいになってきている。






実はこのしなの鉄道の講演の前に、実際にそういう先生に指導を受けていたことも思い出した。


アメリカの大学の心理学の教授。ノーマ・シュラン教授。


女性の心理学者で、過去ボランティア事業を通じて北朝鮮に命を狙われたこともある、年齢を感じさせない凛とした美しさがある、とてもやさしい教授だった。



ワタシは昔から勉強嫌いだったのに、この叱らない優しい教授の授業はどのクラスよりも一生懸命勉強し、他のクラスならコピーペーストして論文をつくっていたのに、このクラスだけは論文をすべて独力で書いたことを覚えている。


叱らない、けれど信頼してくれている。

そして、良いところをしっかりと見てくれている。


叱らないといっても放置するのではない。

おそらく他のどの教授よりも生徒の細かいことまでしっかりとみてチェックしてくれていたのだと思う。

叱らなくとも見えないところで自分をじっと見守り、信頼してくれている。


そうなると「期待を裏切りたくない!」という気持ちがむしろ強くなる。



今、自分が子育てをしながら同じことを心がけている。


怒りに身を任せては絶対に叱らない。

萎縮させることはさせない。


これを実践している。

けれど、決して世間でいう甘やかせはしていない。

アメリカで目の当たりにした光景がある。


アメリカではたいていの家庭は日曜日に教会にいく。

当然生まれてすぐの赤ちゃんもいく。

そして、当たり前のことだがぐずる。


日本ならぐずった赤ちゃんを「シーっ、シーっ」と赤ちゃんより大きな声で親がたしなめたり、泣いても「仕方ないだろ」と開き直ったりする。


アメリカは違う。どんなに寒い吹雪の日でも、真夏の40度近い暑い日でも、お母さんはぐずる赤ちゃんを抱いて、静かになるまでじっと外でたっている。そして、泣き止むと中に入る。泣くと外に出るを繰り返す。



これこそが教育、指導の真髄だと思う。


怒らずとも伝える方法はたくさんある。

ただ、親が、上司が自分はラクをしたいという気持ちがあるから指導や教育方法がおかしくなっているだけ。


体罰論、体罰してはいけない論、どちらも愚問。





とはいえ、わが娘も、会社の社員も、顔では笑うが、ストレスはたまるもの(苦笑)


まだまだ修行が足りない・・・




久しぶりにすばらしい記事を発見。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120513-00000167-yom-soci



母の日ということで報道されたもので、科学的な見地から、主婦の労働と一般事務職と比較をしたさいの労働量が、主婦のほうが多かったというもの。



ワタシが社会心理学で20年近く前に受けた講座でも、主婦業というものをお金で計算した場合の値段を算出するというものがあった。

母というものの仕事は 

●炊事●掃除●洗濯●子どもが病気の際の治療●家計のやりくり●役所への各種書類提出●子どもの勉強内容の確認●進路を決める情報収集●衣服の購入●近所との人間観系の構築●夫婦の両親への気遣いやギフトの準備●その他などなどをすべて代理の業者に頼んだ場合の金額を算出したら、当然恐ろしい数字になる。



今回の労働量数字というのは、金額よりももっとわかりやすく客観性がある。



とかく、日本の男性は主婦を勘違いしている。

専業主婦をバカにしている人が多い。


しかし、ワタシの周囲の既婚男性、とりわけ年齢の高い男性ほど、奥さんがちょっといないと何一つ自分でできない。奥さんに逃げられて、日に日によわっていくおっさんも何人もみてきた。



ワタシ自身、実は頭では主婦の大変さを知りつつも、自分が仕事をして帰ってきて、嫁が何か手伝えといったときにはカチンとくることがある。


「そりゃ主婦業も大変だが、やはり客からのいろんな要望やクレームに耐えて、(ちょっと額は少ないが・・・)日々のお金を稼いでいるダンナだよ。申し訳ないが、オマエは昼間はゆっくしてるんだろ」


と心の中でつぶやくことはあった。



けれど、良く考えれば働く男性なんて勝手なもの。


「仕事」という言葉一つあれば、好きな時間に家にかってこれる。

外で何をしたって自由。

仕事をがんばるもよし、さぼってぶらぶらすることあるだろう。

そして、会社が休みの日は、「オレの休みだ!好きなことをして当然!」となる。



じゃあ、日曜日の朝、嫁さんは何もしないのかというとそうはいかない。


朝ごはんをつくり、ちょっと落ち着いたら掃除と洗濯、布団の片付け。それが終わるともう昼食の準備。


お昼食べて、ちょっと買い物にでもいって帰ってきたら、すぐに夕食の準備。



主婦に土日祝日はほぼない。


まして、一日の予定を見ても、ここに役所にいったり銀行いったりしていることを考えると、まとまって休める時間なんてほんの数時間。


会社でタバコと缶コーヒーでだらだら一時間に一回やすんでいるやつのほうが、もっとゆっくりできている。




それより何より、主婦には祝日、休みもなければ、定年もない。

一生、同じことを毎日毎日繰り返す。

遅い時間にでていったり、遊びにいくことは難しい。


その上、ダンナがバカで理解力がなければ、毎日文句ばかりで感謝すらされない。



自分の会社がもし、社長と自分が二人の会社で、売り上げも悪く、給料も安く、朝から晩まで働き、休みが無い会社だったらどうするだろう。しかもその社長は自分の仕事を一切褒めず、文句ばかり言い続け、転職も退職もできない。

じゃあこの会社社長が天才で、ある日突然世界に名だたる会社になり、給料がびっくりするくらい上がる希望はほとんどない。


しかもその社長は人に仕事をまかして、ふらふらどこにいるのかよくわからない、何をしているのかわからないことが多い・・・




絶望的だ・・・


ワタシには無理だ。


絶対離婚してしまうだろう。


嫁に感謝だ・・・






子どもがいればその大変さは2倍、3倍となる。


生まれてから2~3年はほとんど24時間、365日、まともに寝ることが出来ない日も続く。


2歳の娘と3時間、一緒にいるだけでもクタクタになるのに、嫁はそれを平然と2年間こなしてきた。


尊敬しかない。




20年近く前にならった心理学講座での女性の主婦の大変さ、今、実体験をもってようやく理解した程度なのだから、世の男性の理解が低いのはそれまた仕方ないのかもしれないが・・・










園山さんをたたく人の心理は、少し浅はかだと思う。

むしろ、心理学的には、普通の女性よりも恋に対して純粋だとしか思えない。


おそらくテレビでの園山さんのプライドゆえの自慢話が鼻についたからだろう。

そこだけに目が向いてしまい、彼女をただ否定するのは人間の観察力が低いと思えて仕方が無い。



「(塩谷)を再生してあげたかった」

という発言を耳にしてピンときた。

彼女は本当に彼が好きだったのだと。



心理学的に女性は男性の外見よりも他の部分に興味をもち、その情報をもとに恋をし、結婚を望む。

それは、太古より女性の本能とDNAに刷り込まれてきた、男性の観察眼である。


男性よりも力で劣り、子どもを両手で抱える女性には、襲ってくる猛獣を撃退することは難しく、獲物を狩り、住まいを作ることは難しい故、男性にその能力を求めてきた。

だからこそ、スポーツができる、仕事に熱意をもっている、何か人に無い能力をもっている、そして、お金を稼げる、お金を持っているという部分のほうを、男性の外見よりも重視して観察する能力が女性には備わっている。

「優しさ」ももちろんその一つ。優しくなければ、いくら腕力ああって、獲物をとってきてもわけてくれない、外敵から自分を守ってくれないからである。



つまり、女性は男性にカッコよさは求めつつも、実はそれ以上に「甲斐性」と「優しさ」を現実的な意味で重要視している。だから芸能人でよくある「セレブ婚」は非常に女性の本能の威力がはっきされているなとさえ感じる。



そういうセレブ婚を望み、達成している芸能人女性よりも、はるかにこの園山さんは純粋だと思ってしまう。

いろんな記事をよめば、塩谷が女性に対して甲斐性があるようには見えず、その上デートしている最中も、とても優しい態度ではいなかったことがわかる。



なにより園山さん自身、自分で金を稼いでいる。


つまり、彼女は本能むきだしの恋をしたのではなく、純粋に彼が好きだったのだろう。


何より、「再生してあげたかった」という言葉にはっきり出ている。

女性が求める男性としては見た目以外とんでもなく不合格なオトコだとわかって付き合っていたということ。


いずれにせよ、ワタシは彼女は恋に対して非常に純粋だと思う。

かといって、芸能人としてテレビに出る以上、もうちょっと自分のことを上手に見せることを勉強しなければ、現時点では100人中90人以上には、単なる不快な人だと思われるだけだからである。




しかし、最近こういう女性は間違いなく増えている。

女性が男性よりも仕事ができることがはっきりしてきている今、稼いでいる女性ほど、男性に求める部分がかわってくるのは当然のこと。


だからかもしれない、結婚を望まない女性が増えているのは。

ワタシの周りにも多い。

40歳少し超えても、いまだに会社の同僚やお客さんからもモテモテの美女、仕事もでき、自分でマンションも買って、それでも結婚しない。

「なぜ?」と聞くと、「好きになれる人がいないから」だという。


そりゃそうだろう。

自分ひとりで優雅に生きていける女性が、妥協して汚くて、手間がかかって、文句の多いオトコと一緒にはなりたくないだろう。


どうなる日本。