ネタバレ注意
「小説の神様」
この作品は自分のとって特別な作品です。
物語を創作する人なら「あーわかるわかる」がこれでもかと詰め込まれた物語です。
あらすじは・・・
一発屋となりそうなナイーブ男子高校生作家
と、
売れっ子ドS女子高校生作家
がタッグを組んでベストセラー小説を書く話。
まず初めにいっておきます。



実写版の「小説の神様」は正直、あまり響きませんでした。
原作で痛いところをすくい取ってくれた物語をある程度書いたことがある人にはきっと伝わる気持ち「物語を創る上での楽しさと辛さ」。
作者が身を削ってまで本当に伝えたかったことが映画では描き切れていませんでした。
率直いうと実写版は「小説の力」というよりも、「音楽の力」を押し出しているようにみえます。
決して音楽が嫌いなわけではありません。
でも明らかに劇中で何度もしつこく唐突に入ってくる歌あり音楽が、この作品の良さをそぎ落としているように感じました。
単体で聞けば大好きです。でもハンバーグに焼きパインみたいな、別々に食わせろ!って感じ。
声を大にしていいますは、スポンサーさん、そこちゃいますがな!
ほかにもバトミントンする場面があるのですが、原作では二人の真逆な高校生作家が真剣テニス勝負をはじめます。
勝った方が主人公の性格を決める!という作家にとっては運命を左右する大切な場面、最終的に後輩部員の熱いエールが千谷の背中を押し、勝利し読者に万能受けしやすい王道をせめるはずが、物語を信じたい気持ちが彼の気持ちを大きく動かし、詩凪の影がある主人公を採用。このくだり!映画だと二人で協力プレイで相手に勝つ場面に書き換えられています。
なーぜー、変えた!?ここ千谷の感情の変化がめっちゃめちゃ感情移入できる、物凄く熱い重要なシーンだよー!
ほかにも、
MV出身監督だと言われれば納得しちゃうんだけど、映像が常にオシャレすぎる&キレイ過ぎる。
もっと泥臭い見せ方にして欲しかった。雨でびちょびちょの橋本環奈さん、なんでセクシーで攻めるんだ。思いついた話を少しでも早く千谷に伝えたくて、自分がびしょぬれになっていることすら忘れているのに、アイメイクとかぐちゃぐちゃで、詩凪だってわからないくらい醜い姿でいいんだよ、なぜキレイに美しく収めるんだ。
以下、原作からの違和感?
・詩凪の家、お洒落なレンタルスペースで撮りました!で生活感が皆無。←美術さん?
・千谷の亡き父、借金地獄だったはずなのに書斎&執筆場所が金持ち豪勢部屋に見えます。←美術さん?
・後輩部員のカバン、バッチ付けすぎ!そんなカバンで学校行く根暗な子、いますかね?←小道具さん?
・劇中小説がハショられ過ぎて二人がどんな小説を書いているのか全然わからない。う~ん。尺の都合といえばそれまでだけど、ここはもう少し比率を上げてよかったのでは?二人が生み出したキャラは分身なんです。
という感じで、期待値上げすぎで見た自分も自分ですが、原作の意図が全然引き継がれていなくて、んん~って場面が多かったです。
あ、妹と部長はとてもよかったです。
漫画は原作よりなので、同一作品と言って問題ありません。




漫画版は全3作でエンディングへ。とても熱かったです。
そんなわけで原作小説、および漫画版「小説の神様」についてのこのあと響いた点をレビューよりな個人的な話を綴らせてください。
ネタバレしてますのでお気を付けください。長文になります。
語るにしたがって自己紹介が必須なので簡単に語りますと、私、自主映画を17年間撮り続けております。お話が本当に本当好きで、好きすぎて自分自身で物語を描きます。そして何を隠そう、物語に救われた一人でもあります。
小説「小説の神様」は物語を作る人、クリエイターと呼ばれるタイプの人間には、むちゃくちゃ刺さる作品です。
そう、これが一番言いたい。
ほんと刺さるんだよ。


特に「小説の神様」原作小説の続編については、生涯見た小説ベスト3に確実入るくらいの大好きな作品です。「数か月の間とはなりますが、小説家になりたい!と本気で思い、半年間、小説を書き、投稿してしまうくらい背中を押されました(すいません、忙しすぎて現在休止中です。いつ復帰するかはわかりませんが今は距離を置いています)


物語を作るものにとって、作品の創造と時間は、本当に至福な時間です。
そしてそれは時に地獄の苦しみを伴います。
登場人物って、少なからず作者の自己投影が入ります。入ってしまいます。
言動だったり行動だったり。
キャラクターがたとえば老人だったり、子供だったり、性別が違ってそれはまるで親友のように寄り添い、時にはまるで現実にいるかの錯覚を覚えます。←言っている意味がわからないかと思いますが、十年くらい書き続けると、これくらいになります。
作家の皆さんが皆、こんな状態ではないと思いますが自分の場合、深入りし過ぎて、時にキャラクターが自分に話しかけてきたり、時にその登場人物の考え方などが現実に投影され、影響されてしまうこともザラにありました。最近は短編なのであまりありませんが、特に長編作品を作ると、この状況に陥ります。
この「小説の神様」でもそれとまったく同じシーンが登場します。
主人公の千谷自ら想像した登場人物が目の前に登場。嘆き悲しみます。
シーンとしては続編小説出版の話が舞い込んできたのに、ある日突然、その話がなくなる場面。
創作キャラ「それじゃ僕は消えちゃうんだね?」
千谷「…いや。そんなことないよ。君は読者の心の中で生き続けるから」
創作キャラ「でも…きっとすぐに忘れられるよ。ほとんど読まれてないんだもん。あんまり好かれてなかったんだね僕…」
これ、すごーく辛いです。
小説の世界では作者が 神様(想像の神)になり、その登場人物を生かすも殺すも簡単にできてしまいます。
作品にピリオドを打たせる瞬間は、とても悲しいこと。
自分自身も、ひどい時は登場人物が辛い場面を体験するシーンを書く際、感情移入し過ぎて、嗚咽しながら書き進めたことが何度かあります。気持ちがリンクします。はじめてこの体験をしたときは、すごく不安になりました。やべぇ、ついに自分おかしくなったかと。
反対に爆笑しながら書く場面もあったりします。はたから見ればヤベーやつ。だから渾身の一本のとき、執筆時は絶対一人の時に行います。
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以降、原作小説(漫画)からピックアップしています。
現実な話、小説のいうものは消費されます。
趣味の世界は別ですが、市場では売れないことには、続編はありえません。
成瀬(後輩新入部員)「わたし…今までたくさんの小説に助けられてきました。だからわたしも誰かの心を動かすような—」
わかる。わかる。小説ではないにしろ、物語を想像する上で共感しかありません。
作者と読者の双方がお互い合致していないと、悲しいこと が起きてしまいます。
左近、読書離れが増えている中、打ち切りというのはまさにこれが原因です。
でも打ち切られた作品にも、人気作にも、ちゃんと世界が存在しています。
終わらせたくない気持ち。
世の中に「絶対的な永遠」なんてものはないと知っていますが、その決断を迫られる場面は本当に辛いです。しかも自分がその世界を作った場合といったらさ。
売れる小説とはなにか?
売れっ子作家「小説を小説のまま楽しめる人はわずか。オレたちがやっているのは商売だろ?好きに書いたって誰にも読まれないし、時間や手間をかけたって意味がない。手を抜いてでも何作も書いた方が売れる確率が上がるでしょ」
千谷「そうして生まれた小説に神様は宿るんですか。人の心を動かすような力はあるんですか!?」
売れっ子作家「そんなもの誰も望んでない。どんなに作品に魂を込めたところで、届かない相手には届かない。物語には何の力もないんだ」
どちらの言い分もわかるから辛い。
みんながみんな同じじゃない。時と場合、運だって左右するのもわかる。
生きてきた環境によっては、趣味趣向だって変わってくるし、好き嫌いだって出てくるのが当たり前。
だからこそ拡散されることによって、普段届かない層にまで浸透していくメディミックスは決して悪いことじゃないと思います。そこから原作を見て、単純に楽しめる人だったり、時に救われる人もいると信じたい。
この「小説の神様」だってボロくそ言っているレビューもたくさん存在します。でも見方を変えれば読者に届いているんです。
どんなに努力してもそこに届かない人が多い中、その可能性が広がるという意味ではとてもいいことだと思います。
千谷が自信を無くした場面
詩凪「あなたの文章には人の心を動かす力がある!わたしがそれを証明して見せる…!だからあなたにわたしの物語を託させて…!」
詩凪「物語を読むことで湧き上がる力…それは現実を生きるためのエナジーになる。わたしはそんな力をわたしたちの物語に込めたいと思う…!」
千谷と詩凪はそれぞれ致命的な弱点を持っています。共通して言えるのは二人とも、読者の何気ない言葉によってダメージを受けたところ。
読者から誹謗中傷で、自分で物語を創れなくなった千谷
読者からの誹謗中傷で、文字が書けなくなった詩凪
そんな二人がタッグを組む。 ちなみに最初はお互いの↑の状態は知らないです。
時にぶつかる二人の姿が熱い。そして真実を知る終盤の場面の「この二人なら何でもできる」感の盛り上げ方は本当にすさまじい熱量を感じました。
二人がぶつかる場面
詩凪「どうしてあなたは自分の物語を愛してあげられないの…!本当は小説を書くのが好きなくせに!世間に受け入れられない?だったらもっと深く心に響く言葉を何度でも書けばいいじゃないっ。心の胸の扉を、言葉でノックするのよ!返事がなくたって何度も叩くの!何度でも…何度でも!うじうじ情けないこと言ってないで。さっさと面白い小説を書きなさいよ!」
千谷「やってきたに決まってんだろ…何度も何度もやってきた…!何冊も何冊も書いて…!その結果がこれなんだ!もう苦しいんだよッ…!」
詩凪「それでも物語を綴るのが小説家というものでしょう!お願いだから嫌いにならないで…!あなたの物語を…誰かの心を震わせる小説を…」
感情を露わにするこの場面。
書いたことがある人なら、グッサグサえぐられる。この場面何度も読み返してしまった。
楽しさと地獄のこの表裏一体。なんでこんないい作品ができたのに、みんなに届かないんだってこと。
たぶん創作の永遠の課題ですね。
我に返る千谷。
成瀬(後輩新入部員)「わたしもそうです。わたしも本当は臆病で勇気なんてなくて…誰かに自分の気持ちを伝えることすらできない…だけど小説を読んで確かに勇気が湧いたんです。わたしもこの主人公のように強くなりたい…!」
千谷「小説はきっと願いなんだ。たとえ偽物の物語だとしても叶うことなら僕はこの嘘っぱちの自分になりたい。苦しみも後悔もすべては物語の源泉。全部無駄じゃなかった。無駄じゃないんだよ。無駄じゃないようにするんだ、祈りを込めて」
背中を押される。勇気が出る。
これができる創作物の影響力って誰でも簡単にできることじゃないです。
もし自分が今、リア充で、すべてを手にし、人を変えることさえできれば、物語を創るなんてこと。むちゃくちゃ時間と労力がかかる創作活動なんて、とっくにやめてます。
それができない。でもやりたい。であればどうすればそれが可能になるのか。
自分で描くのではなく、物語を創り、そのキャラクターで語るんです!
それを17年間やってきて、昨年、ついに限界がきて創作から離れます。
その突破口となったのが、YouTuber活動です。まさか自分を使って語るとは思ってみませんでしたが、すごく刺激を受けているのは事実です。このあたりに関しては語ると日が暮れるのでこの辺にしておきますが、現在YouTuber活動と創作活動を並行して行っています。
小説の神様とは?
千谷「小説の神様って何なんだよ?」
詩凪「わたしは物語を書くために生きているんだって…そう悟る瞬間のことかしら。物語を綴る生き物なのだということをどうしょうもなく宿命づけられているんだって、そう実感する瞬間」
詩凪「そもそも小説っていうのは泣かないために読むんだよ…明日から涙を流さなくていいように小説を読むんだ。生きるために必要な養分をそこから得ていく。この先ずっとこの胸に刻まれる温かな感情を」
なんか今なら、わかる気がする。
子供のころはただ単純に楽しいから、暇つぶしとして小説(エンターテイメント全般)を消費していた。
もちろん「泣かない」だけじゃなくて、生きる上であったら助けになる、ちょっと笑顔になれるもの。
千谷の結論(詩凪の真実を知り、助けに入る場面)
千谷「どうしようもなく生き方を変えられない…僕もまたそうなのだ。伝えたいこと、叫びたいことがたくさんある。だからきっと僕は物語を書くんだ願いを込めて綴り続けるんだ。ああ—これは僕が書かなければならない物語だ。この物語を綴るために生まれたんだ…--」
ここでは一度砕け散った作品の登場人物を再び呼び戻し、再び書き進めていく場面。
ぼろぼろ泣くよ、こんなのさ。
実際には存在しないけど、信じることで存在するようになる。小説も映画、娯楽って改めて奥が深いなと感じました。
自身も実際に何年も何年もこの過程を続けてきて、物語を創るのを辞める人間をたくさんみてきた。←そして昨年自分も辞めた。
ではなぜそこまでして、何十年と創作活動を続けていたのだろうか?世の中には自分が作るより素晴らしい世界がたくさんあるし、簡単に触れることができる。
なぜ、自分がやるんだろうか。それは与えられた世界をただただ、もらっているだけじゃつまらないから。
なんやかんやで、寿命という逃れられない終着点が絶対くるとわかっているなら、どうせ逃げれないなら、自分が一番情熱を注げられる世界で、ルートで突っ走っていきたいんだよな。
作る側として、物語を自らの手で創り上げること、世に出す理由が最近やっとわかってきた気がする。
自分にしか作れない物語、俺じゃないとダメなんだよ。
書けなくなるまで、物語を描く。
ちなみに原作でも、物語がとても好きだけど、自分じゃ全然書けない部長に共感しちゃいました。
部長「俺は物語を創ることはできないけど、本を愛する人を支えていきたい。物語に恩返しをしたいんだ」
こちら、映画版の部長も、よかったです!
この部は俺が守る。ベストな環境を用意するからおまえらは思う存分書いて、オレも含めて読者を喜ばしてくれ!
こういう人(ファン)が一人でもいるからこそ、作品は次々生まれるんだよな。
詩凪「小説ってラブレターと同じなのよ」
意味がわかると、深い。
「小説の神様」に触れて、改めて自分は小説が好きだなーと感じたし、物語を作ることが大好きな理由もちょっとわかった気がした。何より自分が生み出した登場人物に一層愛着が湧いた。
だからこそ、物語を動かすことができる自主映画を復活させたし、今はお休み中の小説で、自主映画では描き切れなかった彼ら彼女らの物語を悔いのないようにちゃんと描いていきたい。
この物語に関しては、ほかの誰かじゃ絶対に書けない。自分しか描けないのだから。
これからも自分が作る物語とキャラクターとちゃんと向き合い、最高な幸せと地獄パックも背負って、人間的に成長しながら年を重ねつつ物語を語っていきたい。たぶんそれが自分にとって最高な幸せだから。
ここだけは譲れないし、ここが崩れたときは本当にピリオドだ。
とりあえず当分は何があろうとも、崩さないように死守だ。