こっちのブログ、更新滞りすぎ、すみません。
とりあえず、Twitter誘導。

hidezi1017がツイッター名です。

久々に更新。東京にいるけど、ずっと微弱に揺れっぱなしな感じだ。東北の方だったら発狂するか地震慣れしちゃいそうだ。

今日、向かいのアパートの扉の前に、警官や医師らしき人、背広の男の人達が集まっていた。扉にくっついたテープらしきものを器用に剥がす作業を行っていた。想像してしまうのは、硫化水素等による自殺。
たった数十メートルしか離れていない人は思い悩んで自殺してゆくのに、当たり前だけど、自分は気付きもしない。
これから、自殺が増えると思う。失恋や誰か一人の死など、苦しい出来事のひとつくらいはなんとか耐えられる。しかし、そういったことが重複していくつも重なると、なにもしたくなくなる。
さらに、その自分を客観的な目線で考えて、あまりの情けなさと辛さで死にたくなるのかもしれない。少なくとも自分はそのパターンの道を辿りかけたことがある。



日本に戻ってから、悔しさと挫折感に苦しめられている。毎日、ほとんど必ず競走馬の夢をみて、いやな汗をたくさんかいて起きる生活。左足の回復も予想していたよりも捗らない。
唯一の救いは、エントリーシートを数社分出せたということと、真剣に話を聞いてくれる人間がこっちにはいるということ。

エントリーシートを書いたり、いくつかの用事をこなす以外はニート生活なので、とりあえず、ブックオフでいくつかの本を買ってきて読んだ。そのうちの一冊に、[不肖・宮嶋メディアのウソ、教えたる!~14歳の世渡り術~]があった。
自分は、宮嶋さんの本が好きで、もう何冊も買って読んでいるが、この本も口調こそ丁寧ではあるものの、その他の多分に漏れず、良い意味で好き勝手に書いてあっておもしろかった。

文中には、「人には向き不向きがある。一番カッコ悪いのは、向いてないのに中途半端にやってるやつだ。向いていないと分かったら、すぐに別の道を選べば良い」といった内容のことが書いてあった。

結局のところ、自分を苦しめているのは、競走馬でもシンガポールでもオーストラリアでもなく、固定観念だと思う。

はっきり言って、自分の体を一部分あるいは全部を削りながら、自分をだましだまし、周囲からの心配を無視しながらも競走馬に乗る意味はあるのかと考えた。

トップの騎手でさえ、マフィアと組んで手綱を引くのは当たり前。そんな世界にそれほどの価値と未来があるのかと何度も考えた。

一年も乗れば、技術は大幅に向上すると思うが、肉離れくらいじゃ済まない怪我のリスクもかなりある。もちろん、運の悪い事故だけじゃない。手綱を常に馬鹿みたいに引き続けなければならないオーストラリア周辺の競走馬に乗り続ければどうなるかくらい予想はつく。自分の首以上も腕の太い白人達に混じって、トップをとれる確率はゼロに近いと判断した。

宮嶋さんの本には、こういったことも書かれている。「現場にいもしない人間のことなんか聞き流せ」と。

批判もたくさん受けた。でも、気にする必要はなさそうだ。





厩舎の馬が日曜日のレースに勝ち、ドバイに挑戦するようです。頑張ってくれると良いな。去る身としてはそんなことしか思ってやれない。たてがみを抜くときに、こいつのお尻をかきつづけて気をまぎらわせてやっていたのは良い思い出。
がんばれ!!

肉離れでドクターストップorz
悔しいです。

ブログを一旦中断します。