十何年前から、数年前までにかけて、
オレは連続して友達を失っていった。
高校、そして大学と、増え続けた「友人」は、
大学卒業時くらいをピークに、どんどん減り続け、
今では、
(オレとは別傾向だけど)オレと同じくらい変人の男一人(現在新潟在住)と、
あと、妻という親友を残すだけにまでになってしまった。
なぜこんなことになったのかというと、
ひとえにオレが「安定した人間関係を構築できない病気」つまり、
「非定型鬱」という病気にかかっていたせいだと思う。
この病気は、気まぐれに症状が発現する。
しかも症状の形態が、普通の鬱(ダウン系)と違って、
激しい怒り(キレ)や、極端な言動(噛みつき型コミュニケーション)
となることが多い。
そう、オレは友達に「見捨てられた」だけじゃなく、
それ以上に、自分から友達を「切っていった」のでありました。
それからもう一つ、致命的なこと。
オレは人間関係においての、適切な「距離感」というものを知らなかった。
好意を持つと、限界まで近づく。
そうすると、当然ながら、
「その人の価値観は自分と全くは同じではない」という(当たり前の)事実に直面することになる。
オレはそれに耐えられない。
結果、自分から近づいておいて、逆に自分から遠ざかっていく道を選ぶことになる。
こんな自分の阿呆さ加減にようやく気がついたのは、
最初にも書いたけど、たった数年前。
酒タバコ等の、自分誤魔化しアイテムの全部を止めて、
自分が「もはや取り返しのつかないくらい孤立状態にある」ということに、
厳然と直面してからだった。
最初は辛かった。寂しくて。
でも気がつくと、「これはかえって良い経験をしたのじゃないか」と、
思えるようになってきた。
「友人のほとんどから見離される」という経験なんて、中々できない(というか、普通したくないw)。
そしてオレは、最後までオレを見捨てなかった二人(妻と、新潟の男)に、深く感謝するようになった。
特に妻。
妻はオレの良い部分を、常に見ていてくれてた。
オレがオレのことを大嫌いになったときでも、
オレのことを好きでいてくれた。
中々できることじゃない。本当に。
去っていった友人たちからは、一切連絡はない。
代わりに、オレが良く彼らの姿を夢で見る。
多くの場合、夢の中で、オレは友人たちにぺこぺこと謝っている。
「あのときはゴメン」って。
そしてオレは目覚めて、苦笑する。
「往生際が悪い」と思って。
去っていった友に全く未練はない、と言えば嘘になるかもしれないけれど、
少なくとも、もう彼らのことは良いんじゃないか、と思うように現在ではなってきている。
別に彼らに責任転嫁するわけじゃないけれど、
オレが間違った方向へと突っ走っていたときに、
「お前、それは違うよ」とか、
「お前、嫌な奴になってるぞ」とか、
そういった、言うに当たってある種危険を伴うコトバを言ってきた奴は、
(妻以外に)一人もいなかった。
ただ、みんな黙ってオレから離れていっただけだった。
負け惜しみじみた言葉に聞こえるかもしれないけれど、
オレには結局、妻とその新潟クン以外に、
最初から、「知り合い」はいても、「友達」はいなかったのかもしれない。
ブログをすることは、オレにとって、とっても良いリハビリだった。
「みんな、こんなことを頭の中で考えてるんだ」とか、
「正常なように見えて、結構みんな辛くて病んでるんだ」とか、
要するに「辛いのはオレだけじゃない」ということを、
ほんとうに沢山知ることができたから。
それから、ちゃんとした治療。
きちんとした心療内科に行って、きちんとした診断と薬(抗鬱剤)をもらう。
これで、オレはようやく、周期的に訪れる感情の波(躁鬱)から、解放された。
どうもブログを読まれた方は、
オレがなかなかに温厚な人間であるように思われるらしいけれど、
今はともかくとして、過去にはそういうヒドイ奴であったわけなのですよ。
わはははははは、は。。。
えーと。
オチも何もありませんが、
そういうわけで、ブログでお付き合いさせていただいている方々、
これからもよろしくお願いしまぁす♪
オレは連続して友達を失っていった。
高校、そして大学と、増え続けた「友人」は、
大学卒業時くらいをピークに、どんどん減り続け、
今では、
(オレとは別傾向だけど)オレと同じくらい変人の男一人(現在新潟在住)と、
あと、妻という親友を残すだけにまでになってしまった。
なぜこんなことになったのかというと、
ひとえにオレが「安定した人間関係を構築できない病気」つまり、
「非定型鬱」という病気にかかっていたせいだと思う。
この病気は、気まぐれに症状が発現する。
しかも症状の形態が、普通の鬱(ダウン系)と違って、
激しい怒り(キレ)や、極端な言動(噛みつき型コミュニケーション)
となることが多い。
そう、オレは友達に「見捨てられた」だけじゃなく、
それ以上に、自分から友達を「切っていった」のでありました。
それからもう一つ、致命的なこと。
オレは人間関係においての、適切な「距離感」というものを知らなかった。
好意を持つと、限界まで近づく。
そうすると、当然ながら、
「その人の価値観は自分と全くは同じではない」という(当たり前の)事実に直面することになる。
オレはそれに耐えられない。
結果、自分から近づいておいて、逆に自分から遠ざかっていく道を選ぶことになる。
こんな自分の阿呆さ加減にようやく気がついたのは、
最初にも書いたけど、たった数年前。
酒タバコ等の、自分誤魔化しアイテムの全部を止めて、
自分が「もはや取り返しのつかないくらい孤立状態にある」ということに、
厳然と直面してからだった。
最初は辛かった。寂しくて。
でも気がつくと、「これはかえって良い経験をしたのじゃないか」と、
思えるようになってきた。
「友人のほとんどから見離される」という経験なんて、中々できない(というか、普通したくないw)。
そしてオレは、最後までオレを見捨てなかった二人(妻と、新潟の男)に、深く感謝するようになった。
特に妻。
妻はオレの良い部分を、常に見ていてくれてた。
オレがオレのことを大嫌いになったときでも、
オレのことを好きでいてくれた。
中々できることじゃない。本当に。
去っていった友人たちからは、一切連絡はない。
代わりに、オレが良く彼らの姿を夢で見る。
多くの場合、夢の中で、オレは友人たちにぺこぺこと謝っている。
「あのときはゴメン」って。
そしてオレは目覚めて、苦笑する。
「往生際が悪い」と思って。
去っていった友に全く未練はない、と言えば嘘になるかもしれないけれど、
少なくとも、もう彼らのことは良いんじゃないか、と思うように現在ではなってきている。
別に彼らに責任転嫁するわけじゃないけれど、
オレが間違った方向へと突っ走っていたときに、
「お前、それは違うよ」とか、
「お前、嫌な奴になってるぞ」とか、
そういった、言うに当たってある種危険を伴うコトバを言ってきた奴は、
(妻以外に)一人もいなかった。
ただ、みんな黙ってオレから離れていっただけだった。
負け惜しみじみた言葉に聞こえるかもしれないけれど、
オレには結局、妻とその新潟クン以外に、
最初から、「知り合い」はいても、「友達」はいなかったのかもしれない。
ブログをすることは、オレにとって、とっても良いリハビリだった。
「みんな、こんなことを頭の中で考えてるんだ」とか、
「正常なように見えて、結構みんな辛くて病んでるんだ」とか、
要するに「辛いのはオレだけじゃない」ということを、
ほんとうに沢山知ることができたから。
それから、ちゃんとした治療。
きちんとした心療内科に行って、きちんとした診断と薬(抗鬱剤)をもらう。
これで、オレはようやく、周期的に訪れる感情の波(躁鬱)から、解放された。
どうもブログを読まれた方は、
オレがなかなかに温厚な人間であるように思われるらしいけれど、
今はともかくとして、過去にはそういうヒドイ奴であったわけなのですよ。
わはははははは、は。。。
えーと。
オチも何もありませんが、
そういうわけで、ブログでお付き合いさせていただいている方々、
これからもよろしくお願いしまぁす♪