昔はどこに行くにも、ヘッドフォンをしていった。
散歩の時も、電車に乗るときも、自転車に乗るときでさえ。
それは一種のトリップだった。
音楽を聴きながら歩くと、それだけで世界の色が変わっていくように感じられた。
でも現在、オレは外出時、滅多にヘッドフォンを耳に付けない。
理由は、世相の変化。
物騒な気配。剣呑な雰囲気。ヤバい奴ら。
ヘッドフォンなんてしていると、そういうものの接近を感じとることができない。
怖い時代になったもんだと思う。
楽しめない時世になったもんだと思う。
でも、ヘッドフォンを外して外に出るようになって、逆に得たものも沢山ある。
人々の会話。どこかで吠える飼い犬の声。
電車の規則的なリズム。鴉たちが空を渡る音。
見知らぬ人々が、動物が、機械が発する、日常の音。
かつては当たり前に耳にしていた音たちと、
ヘッドフォンを外すことによって、改めて出会うことができた。
「そこに誰かがいて、皆が勝手に生きている」
ということ。
そんな当たり前のことの証拠に、今更ながら気付かされた気がした。
これって結構、悪くない。
TOTOもスガシカオもエレカシもtheIndigoもサンボマスターもいい。
でも、そういうのとっぱらって、ハダカの耳で外を歩くのも、最高にcoolだ。
などと思う、今日この頃であった。
散歩の時も、電車に乗るときも、自転車に乗るときでさえ。
それは一種のトリップだった。
音楽を聴きながら歩くと、それだけで世界の色が変わっていくように感じられた。
でも現在、オレは外出時、滅多にヘッドフォンを耳に付けない。
理由は、世相の変化。
物騒な気配。剣呑な雰囲気。ヤバい奴ら。
ヘッドフォンなんてしていると、そういうものの接近を感じとることができない。
怖い時代になったもんだと思う。
楽しめない時世になったもんだと思う。
でも、ヘッドフォンを外して外に出るようになって、逆に得たものも沢山ある。
人々の会話。どこかで吠える飼い犬の声。
電車の規則的なリズム。鴉たちが空を渡る音。
見知らぬ人々が、動物が、機械が発する、日常の音。
かつては当たり前に耳にしていた音たちと、
ヘッドフォンを外すことによって、改めて出会うことができた。
「そこに誰かがいて、皆が勝手に生きている」
ということ。
そんな当たり前のことの証拠に、今更ながら気付かされた気がした。
これって結構、悪くない。
TOTOもスガシカオもエレカシもtheIndigoもサンボマスターもいい。
でも、そういうのとっぱらって、ハダカの耳で外を歩くのも、最高にcoolだ。
などと思う、今日この頃であった。