少し前から、着物を着始めました。

ハレの日のための、お洒落着じゃない。

自宅仕事だから可能なことでしょうが、

ともかく徹底して、飽くまで普段着から着物に変えていこう、というコンセプト・チェンジです。


きっかけは、ある日ファッションビルに行ったときのこと。

売り場は次の季節、春物一色に変わっていました。

色んな、「今度の流行モノ」が沢山たくさん。

でもね、その時オレは思ったんですよ。


一体いつまで、こんな風に際限なく、洋服買っていくんだろうなオレ・・・って。


もちろんオレは、元々そんなに流行を追うタイプじゃありません。

大体が、ファッション自体殆どカネをかけるタイプじゃない。

でも、それでも、

シーズンに上着の一枚くらいは買いますよ。

でもね、

そうやって、時折買った、気に入った服というのは、

オレの好むと好まざるとに関わらず、

そのときの「流行」に根ざした商品
になってるんですよね。

つまりそれは、翌年はもう、それが「遅れ」になってしまう可能性が、非常に高いであろうアイテムなわけなんですよね。


オレ、物持ちは良い方だけど、

これでも天秤座なんで(笑)

そういう「あからさまに流行遅れ」のアイテムを着て歩くのは、流石にできません。

というわけで、翌年も上着の一枚くらいは、買うことになるという・・・。

・・・と、つまりこれって、オレの大嫌いなライフスタイルなわけですよ。


だからね、

例えば革ジャンとか、ヴィンテージデニム、とかを、十年一日として着用し、

つまり流行から隔絶されたファッション流行エリアに生きている方々に、ちょっとした「羨ましさ」とはいかないまでも、「好感」を持っておりました。


いや、以前はオレも、譲れない自分の「ユニフォーム」があったんですよ。

いわゆる、ロックファッションです。

でも、20代で音楽挫折して。

それ以来敗北感とともに、楽器と、ファッションまで捨ててしまって。

その後はすっかり、無印良品な男になってしまっておりました。

いや、無印がダサイと行っているわけじゃありませんが(笑)

オレ的には、「ファッションはそこそこ。気が付くと流行の片棒担がされてるよなオレ」な状態であったわけです。


そういう、まあ何というか無気力ファッションだったオレは、

妻の着物スタイルを日々見てて

見事に覚醒させられちゃいました(笑)


カッコ良くて、流行から隔絶してて、安くて、エコロジーなファッション。

そして何よりオレという人間に似合うファッション。


それは、アンティーク着物だぁ!


・・・と。


幸いにもうちの近くには、アンティーク着物屋さんが沢山あり、

ヤフオクには、大正~昭和初期に作られた、「タンスの肥やし」が、わんさか出品されているではありませんか。


考えて見りゃ、日本人、少し前までは、朝起きてから寝るまで、

家事仕事も野良仕事も、メシ食うのも便所でしゃがむのも(失礼)、エッチして寝るのも、

TPOに合わせて、ぜーんぶ着物
でやってたわけです。

一枚の布から新調し、壊れ、破れたら自分で繕い、ときに譲り、譲られ、寸法直し、また改めて再生してから、年月を経て、最後に家の雑巾として果てるまで、

一枚の布を徹底的に使って使って、それで工夫して、自由な発想でお洒落して、

明治・大正とかなんかは、それに更に、和洋折衷で、着物の上にコート、着物の下にシャツ、なんて、もう勝ってきままにやってたはず。


なのに、今はなぜか、全員迷いもなく、洋服。洋服。洋服。洋服。洋服。

メリケンの連中が持ち込んだアイテムばっかり。

たまに着物着るときゃ、お人形さんみたいになって、

誰かに「着付」してもらって、

でもって外に出りゃ、よちよちと出来の悪いアヒルみたいな歩き方して。


なんで?

ちょっと、気がつきゃ、おかしくないか?これ?


そういうわけで、オレは着物野郎になりました。

料理の時は、割烹着をつけ、

外出の時は、袴をはく。




先だって。


一枚の行灯袴をヤフオクで買ったら、

背板の隙間から、古びた紙がはらりと一枚落ちてきました。

色褪せたその表面には、「唐津市●●●、●●番」と活版で名刺刷りがあり、

裏面には、恐らく万年筆による手書き文字で、「大正拾五年縫 ●(氏名)●」

とありました。




80年間。

そして、九州から、東京のオレの所へ。

不思議で、嬉しくて、

涙が出そうになりました。


大切に着ようっと♪