オレは本を読むのが遅い人です。
ともかく一字一句、確かめながら読んでしまう。
意味のとりにくい、あるいは逆に見事な描写とかが出てくると、
そのたびに、部分(同じ行)を偏執的、というくらいに何度もなんども読み返します。
細部だけじゃなくて、
もちろん全体構造、構成、プロット等々も、頭の中で逐次ツリー状の図に組み上げながら、
チクチクチクチクと読み進めるのです。
いや、飛ばし読みが出来ないわけじゃないんです。
図書館とかで漁るときは、他人と同様、斜め読みして内容を確かめたりしてます。
が、自分で読むときは、あくまで徹底熟読。
こういう神経症っぽい読み方に、以前はコンプレックスを持ってたりしました。
「あたし読むの速いから、一日で●冊くらいOK」
などとジマンされる方も、世の中にはいらっしゃるもんですから(笑)
自分はちょっとしつこすぎるんじゃないか、
この読み方は、病的なんじゃないか、
などと、(半ば以上本気で)思ったりしてました。
(まあ、実際に割と分裂気質なのかもしれないけれど・・・)
でも今では、この読み方を、自分の属性「スロー・リーディング」として、結構気に入っております。
大概の場合、小説っつーのは、作家さんが一人っきりで、長大な時間をかけて書きあげるもので、
でもそういう、ときによって数年がかりの巨大な構築物というか、労働の結晶を、
(割と多くの)読者は、結構適当に、せいぜい数日くらいの時間で読み終えてしまうでしょ?
実に、儚い(笑)
で、オレは勝手に想像するんですが、
もしかすると、
オレみたいな、こう、ミカンのすじを、細い、見えないようなやつまで、一本一本取り除いていくみたいな、クドイ読み方する奴って、
一生懸命、机にかじりつき、一行一行を紡ぎ出している作家さんの側としては、
それなりに読ませ甲斐がある対象というか、良い顧客なんじゃないかなって思って(笑)
手抜きで書き飛ばしてる作家さんにとっちゃ、逆に一番ウザイ種類の読者なんだろうけど。
(実際こういう読み方してると、かなりはっきりと作家の手抜き箇所がわかる)
というわけで、
今度は何読もうかなぁ。
ともかく一字一句、確かめながら読んでしまう。
意味のとりにくい、あるいは逆に見事な描写とかが出てくると、
そのたびに、部分(同じ行)を偏執的、というくらいに何度もなんども読み返します。
細部だけじゃなくて、
もちろん全体構造、構成、プロット等々も、頭の中で逐次ツリー状の図に組み上げながら、
チクチクチクチクと読み進めるのです。
いや、飛ばし読みが出来ないわけじゃないんです。
図書館とかで漁るときは、他人と同様、斜め読みして内容を確かめたりしてます。
が、自分で読むときは、あくまで徹底熟読。
こういう神経症っぽい読み方に、以前はコンプレックスを持ってたりしました。
「あたし読むの速いから、一日で●冊くらいOK」
などとジマンされる方も、世の中にはいらっしゃるもんですから(笑)
自分はちょっとしつこすぎるんじゃないか、
この読み方は、病的なんじゃないか、
などと、(半ば以上本気で)思ったりしてました。
(まあ、実際に割と分裂気質なのかもしれないけれど・・・)
でも今では、この読み方を、自分の属性「スロー・リーディング」として、結構気に入っております。
大概の場合、小説っつーのは、作家さんが一人っきりで、長大な時間をかけて書きあげるもので、
でもそういう、ときによって数年がかりの巨大な構築物というか、労働の結晶を、
(割と多くの)読者は、結構適当に、せいぜい数日くらいの時間で読み終えてしまうでしょ?
実に、儚い(笑)
で、オレは勝手に想像するんですが、
もしかすると、
オレみたいな、こう、ミカンのすじを、細い、見えないようなやつまで、一本一本取り除いていくみたいな、クドイ読み方する奴って、
一生懸命、机にかじりつき、一行一行を紡ぎ出している作家さんの側としては、
それなりに読ませ甲斐がある対象というか、良い顧客なんじゃないかなって思って(笑)
手抜きで書き飛ばしてる作家さんにとっちゃ、逆に一番ウザイ種類の読者なんだろうけど。
(実際こういう読み方してると、かなりはっきりと作家の手抜き箇所がわかる)
というわけで、
今度は何読もうかなぁ。