いきなりどうでもいい話題からはじめますが。


オレの出身は、恩田さんの出身県の近くの、関東の某県。

出た高校も、恩田さんの出身であり、そしておそらくはこの小説のモデルであろう、

水戸一高と同様、旧制中学を母体とする高校。


実際、高校時代はよく、エラソな教師たちに、

「水戸一は我が校のライバル的存在であり、負けてはならぬ」

などと言われておりました。



まあ、実際のところは、オレの出身校よりも、水戸一高の方が上だったと思いますけどね。

特に、「人の器」というレベルで。


はっきりいってオレの母校の方は(少なくとも当時は)、教師も生徒もガチガチの石頭。

「ともかく何が何でも国立入れ。地の果てでも行って、受験しろ。

共通一次(今はセンター試験か)は全員絶対服従で受けろ。

例外は決して許さず。勉強しろ勉強しろ根性だ根性だ精神だ精神だ。

そして学校出たら必ず地元に戻ってきて平凡な職に就け。

平凡が一番だ逸脱するな逸脱するな逸脱するな」



・・・という、国立原理主義。

で、散々そうやって精神論言っておいて、肝心の授業の方はただの板書大会、という、

まあ、なかなかに「なんのこっちゃ」な学校だったもんで。


まあ、当時も今も、愛校心ゼロっすね。オレは。


(というか、オレも水戸一高の方に入りたい・・・)



・・・って、本題から相当ずれてしまったのですが(笑)



まあね、そういうわけで、色々と意識しつつ読みました。

そのオレの出身高校が、忌わしき男子高校だったこともあり、

ひんぱんに嫉妬羨望をしつつ(笑)


そのせいで、辛口に読んでしまったわけじゃあ無いと思いますが、

この小説、読んでいて色々と難を感じました。


話題になってるわりに、結構つくりが雑。

登場人物の心理トレースがメインなんですが、これがいささか、くどすぎる。無駄が多すぎるように思えます。

何というか、「あんまりプロットなど計算せずに、成り行きで書きました」

という風に、読んでいてどうしても感じられてきてしまう。


うーん。

恩田さんは超がつくほどの人気作家だから、時間的余裕がなかったのでしょうか?

それとも、

「 『だらだら歩く』というイベントをテーマにするからには、

構成まで、ダラダラしたものであるべきだ。それが効果的なのだ」、

と思われてしまったのでしょうか?

そもそもこの話、ネタ的に、もっと短い分量で書くのがふさわしいんじゃないか、と思うんですが・・・。



特に解せないのは、ラストシーン。

あれはねえ、どうかと思うんですよ。

なんであれで締めるのかなぁ。

せっかく、もっと良い、綺麗な終わり方ができそうなシーンが、前にいくらでもあるのに、

なんでああやって、ぶちこわしにしちゃうかなぁ。

あれじゃいかにも残念ですよ。


あと、気になったのが視点切り替えの不親切さ。

節を改めることもなく、一行アキだけで、めまぐるしく行ったり来たりする。

で、それ以降何行も読まないと、一体どっちの視点による描写なのか、わかってこない。

うーん。

これって小説作法上の禁じ手、「神の視点」なんじゃないでしょうか。

それとも意図的に、混乱をもたらそうとしているのかなぁ。


まあ、こういう、オレ的には実に「雑」な小説なんですが、

それでもまあ、(ラストを除き)終わってみれば、中々に読ませるものが、確かにあったと思わせる。

こういうのが「才能」なんでしょうかねぇ。


才能無い人が、いくら努力して「正しい、立派な小説」を書いても、

全然面白くない、読ませない、売れないものになってしまいますから。



まあそういうわけで、恩田さんのもっと別の作品も、おいおい読んでみようと思ってます。