近所のレンタル屋でフェアをやってたもんで、連続して借りました。

まず一本目は、ずっと観たかったハウル。




ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
ハウルの動く城 特別収録版



シンプルに言っちゃうと、とてーも素晴らしかったです。

個人的には、ここしばらくの宮崎作品の中では、相当ひきこまれました。

「ちょっと試しに10分ばかり観てみようかな~♪」などと思いつつ再生はじめたら、結局夫婦して、全部観てしまいました(笑)。

観ている間、ところどころ、

「何だか随分、ヘンなストーリー運びだなぁ。脚本が破綻してる?ひょっとして監督、ボケた?(←失礼)」

などと不遜にも思ってしまいましたが、それでもグイグイ引っ張っていく、得体の知れない魅力みたいなのがあって。

「何だろうなぁ。この感動って、何だろうなあ」と思いつつも、いつも同様(お約束の)ハッピーエンドなラストで、ホロリとしてしまいましたよ。


で、何回か見返してみて思ったのは、「破綻しているように見えて、ものすごくコントロールされている。緻密である」ということでした。

何度も見返すことによって、隠されたことがわかっていく、

実は、結構敷居が高い、いくらでも深読みができる類の作品だと思いますよ、これは。


宮崎監督の映画って、ナウシカの頃からずっと、大きな、魅力的な設定がなされた舞台と、そこから出てくる明確なメッセージ性(ex.「自然←→人間」のような)が、目立ってました。これは沢山の人が認めるでしょう。

でもオレは、宮崎作品ってずっと、その一方で、

「全体が一つの個人的な精神世界であって、その中での補完がなされていく」

という物語としても読めるんじゃないか、いやむしろ、そうすることで、実に沢山のことが、読み解けるんじゃないか―――、と密かに思っていました。


例えば、宮崎作品では、「呪いと解呪」というのが、何度も登場人物のテーマになってますよね。

あれは、作品全体を一つの心の中(とそこにおける心的な作業)として見ると、

「内面における対立する要素(さまざまな自分)と、それの和解・統合」

という風に、(ちとユング入ってますが)とらることができる。

そうすると、全然違った物語が見えてくる、と思うんですよ。


これはもしかしたら、監督が「児童文学」という、「人の内的なストーリー(元型)に対して素直に耳を澄ますのが要求されるジャンル」を、愛好しているというのと、無関係じゃないと思います。

意図的にしろ、無意識にしろ、そこに内面を投影しちゃうというのは、他の作家さんもやってる作業ですが、

宮崎監督の場合、それがより「わかりやすい」形をとってくる。見えやすいんですよね。


で、このハウルではそれがより、意識的にやられてる。

純粋ファンタジーというお膳立てが、より監督の内面を出させたのかもしれないし、

監督自身が、作家として円熟を深めてるのかもしれないし、

まあこれも憶測なんですが。オレにはそういう「形」が見えたもんで(笑)。


ともかく、年とっても、というか年をとるごとに、アグレッシブさを増していく創作姿勢には、恐れ入ります。

間違いなく名作だと思いました。

DVD自分で買っちゃおうかな。ついでにナウシカも欲しいな。