「霧のサンジェルマン」
「霧のサンジェルマン」
パリ最古の教会サンジェルマン・デ・プレ教会とサンジェルマン大通を隔てた
サン・シェルペス聖堂の一体は、カルチェ・ラタン等もある、セーヌ左岸の文化の中心地。
ただ、ヒロヤマガタが好きな場所は中心地から少し離れた、ロワイヤルホテル寄りの
リュード・バック(渡舟街)界隈。
この「霧のサンジェルマン」は初冬の氷雨と霧に煙る叙情をパステルで仕上げた作品。
ヒロヤマガタがもっとも力を入れたのは冷たい雨に濡れた舗道とそのリフレクション。
虹がたちのぼり、建物の影を色濃く落とす水鏡のような大通りを車が走る。
ヒロヤマガタは1988年から90年にかけてのある期間、今までの作風(細密画的手法)ではなく、
この作品のようなパステルによる古典的描画技法を選んでいた。
その理由について、
「あのアルト・サックスのチャーリーパーカー(*注)がモダンジャスをはじめたらしく、
最初はスイングををぶち壊しして出てきて、それからちょっとスタンダードにもどるわけ。
最後にはバップ・ジャズを花開かせるんだけど、そのパーカーのスタンダードみたいなもんかな、
ボクのパステルは・・・。ま、でもあんまり関係ないかな・・・?」
と冗談とも本気ともとれることを語っていた。
注:チャーリー・パーカー
1950年代アメリカで活躍した黒人の天才ジャズ奏者であり作曲家。
今日でも世界のジャズファンに追慕されている。
また、この作品は刷師としてヒロヤマガタの作品を数多く手がけた「伴野(バンノ)氏」とヒロヤマガタとの
初のシルクスクリーンです。この作品以降数多くの作品を「伴野氏(バンノ)氏」と手がけていくことになる。
「彼がいなければここまでシルクスクリーンを続けてこなかっただろう」
とヒロヤマガタは語っている。
実際、ヒロヤマガタは2002年頃に「伴野(バンノ)氏」は病気で亡くなっており、そのあと何作かは発表したが、
作品の制作をやめている。彼が亡くなってしまったことも理由のひとつだそうです。
