エピソード18「失恋がボクを画家にした-4」 | LACC(Life&Art Consierge) Blog

エピソード18「失恋がボクを画家にした-4」

エピソード18「失恋がボクを画家にした-4

 さて、生まれて初めて、日本の外へでて、おまけに、体の中をカラッ風が吹き抜けているボクが、さしあたって困ったことはお金のことであった。なにしろ、日本を旅立つときに用意した8万円の大半は、ミラノでの和子さんの接待に使い果たしてしまったからである。あと、身につけた金目のものといえば、例のユーレル・パスと帰りの航空券しかない。パリに戻ったボクは、彼女を日本に連れて帰るはずだった航空券の買い手を探した。つまり、恋が一方的な片道切符で幕切れになったボクは、日本帰国の切符を換金して、パリで暮らしてやろうと思い立ったのであった。

切符は売れた。ちょうど帰国を急いでいた日本人カメラマンが、有効期限が10日位残っていた航空券を買ってくれたのだった。もし、あの時、切符が売れなかったら、ボクはあのままションボリ日本に帰って来て、たぶん今とはまるで別の人生を歩いていたのではないかと思っている。

しかし、切符は売れたが、そのお金を全部使い果たしたら、パリで飢え死にするしかない。ボクは3流ホテルに宿を取り、画材を買い集め、夢中で油絵を3点描き上げた。コネも才覚もない自分が生きるため持っている技術は、それしかなかったからである。

その間、色々とあったけど、ある日、フラリと偶然入ったサントノーレのオヤジさんが、ボクの絵を気に入ってくれて画廊においてもらえることになった。あくる朝、目が覚めてフト窓の外を見ると、昨日の画廊のオヤジさんがホテルの周りをウロウロしている。なんだろうと思って声をかけると、昨日預かった絵がみんな売れてしまったので、また描いてほしいとのことだった。ところが、2度目絵(パリの風景)もすぐに売れたので、すっかり気を良くしたオヤジさんは、ボクの描く絵を全部1号100フラン(当時1フラン=70円)で買い上げる1年間の長期契約を結ぶことを提案してきた。

ああ、これでパリでもなんとか食っていけそうだとボクはホッとした。切符を売ったお金も残り少なくなっていたし、ホテルの部屋の床に油絵の具をこぼしたり、壁を汚したりして、ホテルから追いたてをくらっていたからである。ボクは知り合いになったソルボンヌの日本人学生松本君に頼んで、安アパートの部屋を見つけてもらった。7階でベッド一つだけ、トイレは共用の屋根裏部屋だったけど、セーヌ川沿いの環境は抜群で、向こう岸はルーブル美術館、チュルリ―の庭が一望だった。松本君もウワ―すごい、こんなとこらなら、ボクが借りたかったなといったくらいだった。家賃は確か月120フラン(約8500円)だったと思う。

 その松本君に、ボクは「93画廊」のオヤジさんが締結を迫っていた契約書の翻訳してもらった。ところが、ソルボンヌに5年も留学している松本君は、イヤーこんなややこしい法律の文章は読んだことがないと全く頼りない。この契約書がパリで食えるか食えないかの唯一の決め手なのだから、ソルボンヌに5年も勉強してこんな契約書の一つもわからないの、とボクが文句を言っていたら、彼は、だからソルボンヌで5年も勉強しているんじゃないかとすました顔でやり返された。でも、松本君のお蔭でパスツール病院の日本人の女医さんを紹介してもらい、難解な契約書の隅々まで検討してもらい、結局、画廊とボクの新作全品買い上げの5年契約を結んだ。買い上げ価格は号200フランにアップしていた。
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          1997年「雨煙るパリ」