自然療法的 鬼っこブログ

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アトピッ子のママだった自然療法家が、
免疫力を爆上げするための
ほんものの情報を発信しています!

 

お金の話をしようと思う。

わたしが子どものころ、両親はいつも「お金がない、足りない」と言っていた。

でもそのわりに、父は高いカメラを買って母に怒られ、母は腹いせに高い革のコートを買った。

 

子どもながらに、なんかおかしいな、と思いながらも、感受性の強い子ども時代だったので、

困ってる母に対して、どこか申し訳なさみたいなものを感じてしまっていた。
今となっては、勘違いも甚だしいと思うし、それも必要な過程だったようにも思うけれど。
 

実際、父はよく借金を繰り返していたし、大人になって、離れて暮らすようになっても、

母からはよく愚痴の電話がかかってきた。

わたしも、2つ年上の兄も、年老いていく両親のことを心配しながらも、

いったいどれぐらい借金があるんだろう?と不安だった。

わたしも、兄も、それぞれに家族を持ち、忙しい毎日を送っているとき、

その父が、本当に急にくも膜下出血で倒れ、あっという間に亡くなって、

案の定、借金があることがわかった。


葬儀やらなにやらせわしない日が続き、

久しぶりの実家で、認知症の傾向が見え始めた母としばらく日々を過ごしながら、

数百万の借金と、散らかった家のなかと残された家と、

1人になった母のことをどうしたらいいのか、兄と一緒に途方に暮れた。

 


父が急逝したのが、父が丹精込めた庭のチューリップが咲き誇る時期で、

兄と相談した結果、なんとかこの家を売りに出して借金の返済に充てられないか、

分厚い電話帳を片手に不動産業者に片っ端から電話をかけたものの、

ちょうどGWに差し掛かってしまったこともあって、

なかなかつながらなかったり、連休明けまで休業だったりで、難航した。

どうしようもない状況のなかで、

小さかった姪っ子に「とんぼの赤ちゃんが見たい」とせがまれて

散歩に出かけた先で、たまたま見つけた看板にかけた電話が命綱となった。

やっとつながった電話に思わず、事情を立て続けに話して、
不躾なわたしたちの家の売却を引き受けてくださったのだ。


見ず知らずのわたしたち家族に、それは親身になって助けてくださったその方は、当時すでに癌を患っておられた。
思い起こせば出歩くことも大変なご様子だったけど、

右腕の奥様とともに、実家の状態を確認するためにわざわざ足を運んでくださった。
 

当時1歳になったばかりの長男を抱っこひもで連れ歩いていたわたしと、

兄の家族もまた、小さい娘を2人連れていたのを不憫に思ってくださったのかもしれない。



実家は新興住宅地にあり、公共の学校が近い場所だったこともあり、

あれよという間に買い手が決まり、家のなかにあふれた遺品も買い取り業者が引き取った。

おかげで残った借金も返済のめどが立った。

あのとき毅然と手続きを進めてくださった、

凛とした奥様は今もお元気でいらっしゃるのだろうか、今でも時々思いを馳せる。

折々お会いするたびに、小さかった息子を可愛がってくださったり、

季節の果物を送ってくださったことを、感謝とともに思い出す。


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わたしの元夫の家族は、お金をたくさん持っていた。

でも義母は、九州男児を絵に描いたような義父や、田舎特有の価値観に縛られて、

お金があっても不自由していたように思う。

 

年老いて身体の不自由を感じることが増えてからは、着るものも食べるものも、

自分の好まないものばかりを買ってきてもらって、

晩年は満たされない様子だった。

 

お金があることと、幸せであることは、イコールじゃないんやな、と肌で感じた。

その後、自然療法を知るなかで、日々食べているもので身体や精神が変わる経験や、

西洋医学じゃない症状の治し方があることを知って、身をもって体感して、

いろいろと価値観が変わっていく過程で、

わたし自身も、小さいころから「お金のこと=不安」が結びついていた価値観を変えたいと、

勉強のために投資にチャレンジした。

当時のわたしにとっては、だいぶ損を出して目の前が真っ暗になったこともあるし、

また、「時間給」の感覚しかなかったわたしにとって、

ほんの数時間のうちに、いままでの人生の中では体験したことがないぐらいの利益が出たときには、

地に足が着いてない感覚のまま買い物にいったスーパーに財布をまるごと置き忘れてきてしまったという、

まさに両極を体感した思い出もある。

常識とか、当たり前って、何なんだろう、お金って何なんだろうって、

ガラガラと今まで身についてた価値観が崩れてしまったものだった。
 

そんなわたしに、今も忘れられない場面がある。

父が亡くなって、借金のことで途方に暮れていたころ、

しばらく実家に泊まり込み、母と過ごしていた。

 

ある日、食材を買いに一緒に車でスーパーに出かけたとき、

ふと気づいたら母がいない。

探したら、スーパーの入口のお花屋さんの前で、

ピンクの濃い色の、小さな蘭の鉢植えを抱えて、うれしそうに

「ええ色やろ。来たときにすぐ目つけててん」と買ったものを自慢した。

 


当時のわたしは、正直、怒りと呆れが交錯した。

 

なんで今そんな役に立たへんもん買うねん。

 

あのときの感情と、お腹に熱いものが沸く感覚を、いまでも思い出す。
多少の認知症の傾向が始まっていたとはいえ、

あのときの母は、意識せずとも、めっちゃ大事なことを教えてくれてたんやと思ってる。

 

どうにもならない状況のなかでも、きれいな花を見てうれしくなれること。

それがあったら、人は生きていける。


あのときの母に、今は心から言いたい。

ありがとう、お母ちゃん。


母はもう4年前に89歳で亡くなって、そのときのお葬式の席で、

あの20年も前の夕方、「とんぼの赤ちゃんが見たい」と、

散歩に出るきっかけをくれた姪っ子の、そのとき3歳になる小さいお嬢ちゃんが、

じっと座ってるのに退屈して、

お坊さんの読経に合わせて踊りだして、みんなを和ませてくれたのを思い出した。

お母ちゃんもほんまに喜んでいたはず。



振り返ると、あの日あの時、

どんなにお金に困ったことがあっても、

お金がたくさん手元にあってどう扱ったらいいのかわからんかったときがあっても、

 

いろんなことが通り過ぎて、いま、ちゃんと生きていて、幸せやなあと思ったり、

もうあかんって思うぐらいしんどい出来事があっても、

それも乗り越えて通り過ぎて、いま、ちゃんと生きている。

 

生きて、いろんなことを味わってる。これからも、いろんなことが起きるんやと思う。

でもおそらく、それでも生きていくし、

わたしもいつかは死ぬんやと思う。


人間の脳の機能って、

どんなに豊かなものに囲まれていても、

「無いもの」に注目してしまうから、

お金というものについて、さまざまな人生の浮き沈みの物語が生まれるし、

わたしも、誰もが本当に振り回されるものだと思う。

2年前からずっと見ているこのチャンネルの動画で、

配信者の武井浩三さんが「腐るお金」という話をされていた。

武井さんは、eumo(ユーモ)というコミュニティ通貨を実際に発行・運営されている方で、

「共感や感謝で動くお金」という、これまでの貨幣とはまったく違う考え方を実践されている。

 

 

野菜が腐るからみんなシェアするように、お金も腐るように設計されたら、

貯め込まずに循環する。

1933年のオーストリアの小さな町で実際に試されて、1年で経済が復活した。

その「消費期限のあるお金」の仕組みは当時の国家権力に潰されたけれど、
ブロックチェーンの技術が、その思想を現代によみがえらせようとしている。


わたしたちが生きる世界の経済の仕組みがガラッと変わる可能性は、

もうSFの話じゃないんやなあって、

この先の社会の在り方に進んでいく途中経過であるのが今現在って思うと、

希望と覚悟が混ざったみたいな不思議な気持ちになる。

 



「貯金しなきゃ、でもできてない」と自分を責めながら、

未来への不安から今を楽しめていない人に、伝えたいことがある。

お金は大事やけど、お金への心配のために今を犠牲にするのは、もったいないかもしれない。

どうにもならないときに、ピンクの蘭を買えるお母ちゃんみたいに、

わたしはこれが好き、これが大切、ってことをちゃんと感じ取って生きていきたい。

 



とはいえ、今ここの現実は、まだお金が必要な社会だ。
綺麗な色の蘭の花に喜びを見るように、今この瞬間を大切に生きながら、
同時に、自分を守るためのお金の知識も持っておきたい。

 

高い保険、使ってないサービス、高い手数料、

知らないうちに払い続けてるもの——そういうことを見直すだけでも、

生活は変わる。自分の得意なことや経験を、お金に変える方法だって

今はたくさん学んで実践する方法がある。
次回は、そういう「今の社会のルールの中で知っておきたいこと」を書いてみようと思う。