「寒くて死にそうだった」――。宮崎県・都井岬沖。救命ボートで冬の海を3日間漂流していた3人が12日、無事救助された。日向市漁協所属のマグロはえ縄漁船幸吉(ゆきよし)丸。3人は体を寄せ合い、眠らずに水をかき出しながら助けを待った。無事を祈り続けていた家族らは、「地獄から天国に昇る気持ち」と喜んだ。ベテラン漁師の漁船に当て逃げしたという「白い大型船」はどこに消えたのか。
「ドーン」。幸吉丸に衝撃が走ったのは9日午前10時ごろ。はえ縄を海に入れ、朝食を済ませた後で、是沢幸広船長(48)は船橋に、山中道夫甲板員(56)は食事の片付け、カメラマンの林洋平さん(29)は船内の部屋でカメラの手入れ中だった。それから3日、救命ボートで海を漂い、12日午後0時半すぎ救助された。
3人が収容された宮崎大付属病院では寺井親則救急部長らが12日、記者会見。同部長は「寒さにもよるが、食べ物もなく救助が2、3日遅ければ危険な状態だったのでは」と話した。
是沢船長らから聞いた話では、右舷の中央付近に大きな船が衝突。すぐに船内に大量の海水が入ってきた。是沢船長と山中甲板員が救命ボートを準備し、3人で飛び乗った。その間、約5分。大型船はそのまま北東に去っていったという。
ボートは6人乗りだが中は狭く、3人とも正座のようにひざを曲げて過ごした。そのうえ9日夜に底に10円玉大の穴が二つ開き、漂流中ずっと水をかき出し続け、ほとんど眠れなかったという。この作業で両手の指がはれた。
食料は、6切れあった乾パンを分け合った。飲み水のペットボトルが2本あったが、「寒くてほとんど飲まなかった」。
幸吉丸が所属する日向市漁協は、昨年7月末に海難防止講習会を開催。海に救命ボートを浮かべ、海中で乗り込む練習もしていた。是沢船長も参加していたという。寺井救急部長は「3人とも冷静な対応をしていたと思う」と語った。
種子島測候所などによると、種子島での9~12日の気温は10.0度~19.4度で推移。平年よりやや暖かかったが、海域では秒速8~10メートルの風が吹いており、体感温度は数度下がるという。
生還した1人は医師の診察に、「12日の朝は寒くて死にそうだった」と答えた。救助された巡視船では、おかゆを食べ、風呂に入って体を温めたという。
沈没する船から、救命ボートで脱出、漂流中を救助された。本当に心から喜ぶべきことであり、それに水をさすようで非常に申し訳ないが、この救出劇、「奇跡の生還」という程のものなのだろうか。日本の近海で、事件に遭難し、遭難場所もわかっており、そこからは、黒潮にのって漂流しているのである。3日間という期間が短いのであれば、奇跡ではなく、海上保安庁や捜索した仲間の船の努力を称えるべきであり、3日間という期間が長すぎるのであれば、技術的な改善を真剣に検討すべき事案のように思う。
最近、ダイエット関連のTV番組での程度を超えた表現が批判されている。しかし、ニュース番組や新聞記事が、この程度を「奇跡の生還」と言っているようでは、情報バラエティならば、みんな平気で嘘の表現しているんだろうと思う。この記事のタイトルも、ほとんど『奇跡体験!アンビリーバボー』の見出し並みである。
TVのニュースでは、ヘリコプターの上から、漂流する救命ボートを発見するのは、プールの上に浮いたチリをプールサイドから発見するぐらい大変らしい。確かに、目視ならばそうかもしれない。しかし、現代には、無線機もあれば、衛星通信だって(コスト面を別にすれば)出来るはずだ。
遭難場所がわからない行方不明者を探すならば、それこそ雲をつかむ様な捜索かもしれない。しかし、今回のケースは、天候が悪いわけでも、遭難場所がわからないわけでもなく、漂流場所は容易に特定できるのではないかと思った。正直、どうして3日間もかかったのかわからないほどである。
救命ボート1台の値段が100万円ほどらしいが、そのお金よりもずっと安いお金で、非常時の通信手段を常備することが出来ると思うのだが、どうだろうか。
