1.20 | 泡沫

泡沫

全ては一瞬の出来事。

昨日、私の人生に最も大きな影響を与えた人と久しぶりに会った。


その人と初めて会ったのは、私が中学生、相手が高校生の時だった。
その人は、兄の高校の同級生だった。

同じ部活に所属していて、兄の試合を観に行った時に初めてその人のことを見た。
知った。
目を、奪われた。

一言で言うなら、その人は私の『憧れ』だった。

初めて知った中学生の時から、今までずっと。

一人で足掻き続けた中学生時代を、あの人の存在が支えてくれた。
私にとっては光だった。
何にどう憧れていたのかは、言葉にできない。
ただずっと、憧れ続けていた。

そして、話すことのできる関係になれたのは、私が高校2年生の時。夏だった。

ふとしたことで話すきっかけがあり、TwitterのDMで話し始めた。
そこからはよくある流れ。
LINEに移行して、電話をするようになった。

ずっと憧れていたその人と、確実に一歩近付いた。
でも、私たちの関係は曖昧だった。
友だちでもなければ、ただの先輩後輩でもない。
もちろん恋人でもない。
近くて遠い、楽しくて苦しくて、少し優しい関係だった。

あの人とは地元は同じだけれど、今下宿をしていて、あの人が帰ってきた時にはご飯に行った。
ドライブにも行った。
長期休暇には必ず会っていた。
そこまで距離が近付いた。

一度、高校の部活のことで胸に秘めていたことを吐露したことがあった。

今まで親にずっと支えてもらっていたけれど、私は高校になってずっと続けていたことをやめた。
それをサポートする側に回った。
親はひどく怒り、泣き叫んだ。

「そんなことするなら、やめちまえ」

はっきりそう言われた。
でも私はやめなかった。サポートする側でい続けた。
その意志は固かったけれど、親への申し訳なさは心のどこかにあった。
期待してくれていたんだなあ。

それも含めて色々後ろめたさを抱えながら部活をしていて、ある時罪悪感でいっぱいになった。

それを話したのが、その人だった。

ずっと認めてほしかった。
ただ「間違ってないよ」と言ってほしかった。
私はただ、それだけを望んでいた。
認めてさえくれれば、また頑張れるのに。

そう泣きながら電話で話した私に、その人はしばらく何も言わなかった。
長い沈黙。
私はその間もずっと泣きじゃくっていた。

そして、「頑張ったね」と言った。

そんなに一人で抱え込んでいたなんて知らなかった。
君が欲しい言葉をそのまま君に言うのはどうかと思うけど、それでも俺は本当にこう思うから聞いてね。
君は、間違っていないよ。
それで良いんだよ。そこにいて良いんだ。
その選択は間違いなんかじゃない。

あの人はそう言った。
今でも覚えている。忘れられない。

中学生の時も高校生の時も、あの人は私を救ってくれた。
ずっと、助けてくれた。
光であり続けてくれた。
きらきら光ったり、じんわり光ったり。
あの人の話をすると、私はいつも泣いてしまう。

憧れの感情が、恋心に変わった。
いつかは覚えていないけど、今までの恋心とは全く違った。
どこかで好きでいてはだめだとわかっていたからだと思う。
あの人に恋心なんて抱いてはいけないと、そう思っていた。
そんな簡単な関係にしてはいけない。
もっとこう、深くて、苦しくて、言葉にできないような関係だから。

そうして私は恋心を抑え込んだ。
なかったことにした。
他の人と付き合って、好きだと思い込んだ。

でもやっぱり、違ったんだな。
今考えると、あの人以外に好きになった人なんていなかった。
あの人しか好きじゃなかった。
あの人しか、本気じゃなかった。


そして今に至る。
今私には恋人がいて、その恋人のことは本気で好きだと思う。
これは本当のこと。

もうあの人にあっても、きっと何も思わない。
ただお兄ちゃんみたいだと感じるだけだ。

そう思って、昨日会った。


浅はかだった。
本気で好きだった人のことを、簡単に忘れられる訳なかった。


会わなかった1年10ヶ月の間に、
あの人は海外に留学して、たくさんのことを学んで、成功と挫折を味わい、夢と希望を持って帰ってきた。

全然違った。
でも変わっていなかった。

元々優しい人だったけれど、あんなに気が付く人だっただろうか。
あんなに目を見て話す人だっただろうか。
あんなに、かっこよかっただろうか。

途中何度も泣きそうになった。

久しぶりに会えて嬉しくて、一段と大人の男性になっていて、かっこよくて仕方なくて、何かもう、心が破裂しそうで。

だめだ。本当にだめだ。

「こんなの当たり前じゃない?」
なんて笑うあの人に、私はまた泣きそうになって。

ご飯屋さんだけでももう心がいっぱいいっぱいだったのに。
その後行ったカラオケで、私の頭は追いつかなくなった。

距離が近かった。
私が酔っていたのも悪かったけど、ボディータッチが多かった。
頭ぽんぽんされて、ぐしゃぐしゃされて、目隠しされたり、ほっぺ摘まれたり。
隣に座って、足と足が触れていて。
というかもはやくっついていた。

歌っている私の顔をじーっと覗き込むものだから、恥ずかしくて顔を背けたり、あの人の顔を自分の手で隠したりした。
そんなことをずっとしていた。
でも、顔を隠していた私の手をあの人はそっととって自分の肩に回させた。
密着した。
私が肩組んだ感じになって、パニックになったけど歌わなくちゃで。
状況が飲み込めないままそれは続いた。

そしたら、急にあの人の手が私の肩に回ってきた。
あの人の肩に回る私の手は、行き場がわからなくて宙に彷徨っていたけれど、
私の肩に回るあの人の手は、がっちりとでも優しく、私の肩を包み込んだ。
肩を抱かれた。
頭がパンクしそうだった。

それは次第に優しくも力が強くなって。
時折ぎゅっと引き寄せられるものだから、私の体はあっけなくあの人の胸の中に入った。
斜め上にあの人の首があって。
あの人が歌っていると、あの人の喉が動くのがわかった。
距離なんて、もう無かった。
それでも優しくぎゅっとし続けるから、もう恥ずかしくて顔を隠したくて、あの人の胸に顔を埋めた。
そしたらもっとぎゅってされた。
もう、ぎゅうって。

次第に恥ずかしさは通り越して、なくなった。
嬉しさと幸せと苦しさが一緒にきた。
何故か、もう二度と会えない気がした。
また泣きそうになった。
今しかこんな幸せはないんだと、本気でそう思った。
恋人には、ごめんね、今だけ許してね、って。

そんなカラオケが終わって、寒い夜道を二人で歩いた。
寒い、と言った私の肩に、あの人はもう一度自分の手を回した。
また肩を抱かれた。
もうむず痒くて、どきどきして、苦しくて。
私は自分から腕を組んだ。
寒いですね、って寒さを理由にした。
あはは、俺はそうされてあったかいよ、って笑った。
涙が溢れそうになったから、見られないように顔を背けた。

駅に着いて解散することになって、
今度は私があなたの所に行きます、って言った。
あの人は笑って、
本当に?嬉しい、ぜひ来てね、と言ってくれた。

ああ、これで終わりだ。
もうばいばいしなくちゃ。

そう思ったら、
はい、と両手を差し出された。

え?と首をかしげると、体が包み込まれた。

抱きしめられた。

そう理解するのに時間がかかった。
でもとっさに、海外っぽい、って笑って言った。
ただの照れ隠し。

そしたら体を離して、
違うよ、って笑ってまた抱きしめられた。

今度は何も言えなかった。


そんなこんなで本当にばいばい。
帰りの車の中で、私はとうとう泣いた。
親にばれないように、静かに泣いた。




家に帰って寝て、お昼近くに起きた。

ベッドの中で昨日のことを思い出したら、
もう今度こそ涙が止まらなかった。
1時間近く泣いたけれど、まだベッドから出られなかった。

あの時は、私が少し酔っていて、あの人が海外帰りで、だからああいうことになったんだと思っていた。
でも、果たしてそうだったんだろうか。

あの人もお酒を飲んでいたけれど、全く酔っていなかった。
海外の人たちも、ああいうことをするんだろうか。

しないんじゃないだろうか。


じゃあ、あれは一体何だったんだろう。


考えれば考えるだけ、わからない。
何で肩を抱いたり、抱きしめたりしたんですか。
そんなことする人じゃなかったのに。

私が昔あなたを好きだったことなんて、きっと知っていたでしょう?

そして、私には今恋人がいることも、きっと知っているはず。

なのに何で。
海外パワーなのかな、なら納得できるんだけれど。

どうもそれだけじゃ納得できなくて。


切ない。苦しい。儚い。脆い。
お願い、この気持ちを教えて。

何で涙が止まらないの。

教えてよ。
色んなこと教えてくれたんだもの。
この気持ちも教えて。

あなたの気持ちも教えて下さい。

涙の止め方を、教えて下さい。