いわゆる天使や守護霊様や指導霊様、神様やそのご眷属が、自分の意思でハッキリ見える人って、私とどう違うんだろう

それって楽しい
(世の中に楽しいだけの関係性って、あるのかな。)
私はどちらかというと、必要な時にしか見えない人(いえ、その事について不満などないのですが)。
どちらかと言えば、目をかけて頂いている(たぶん可愛がってもらってる)ので、不満なんてないのです。
とはいえ、「知らぬが仏」は、真実だと思う。
そんな考えが根底にあるから、なおのこと見えないのだろうか

(おいそれと見えてしまったら、楽しみもない、とか。)
それとも、本心はそーいった方々の存在に怯えているからだろうか
(いえ、決して私を傷つけたり、悪意を向けたりすることはない方々だと思っているのですけれども)
両方

嫌われるのが怖くて、スムーズな意思疏通を私自身が拒んでいるのかもしれません。
なんて、なんて小さい私...。
でもそれでいいんだ、だって私は人間だもの。
🌍地球の外から見たら、砂粒ほどでさえも見えない、小さすぎる命の光。
それが私、私たちヒト、という生き物。
「吾子や」って呼んでもらえているのは、やっぱり嬉しい。
たとえそれが、特別なことじゃなくても。