親と子どもはどんな関係でしょう


私は いつでも どんな時でも 

向き合って 納得するまで 会話をしてきました


私にとって 「親は 初めての経験だ」 

と正直に子どもに言ったこともあります

返ってきた言葉は 「私も 子どもは初めてだ」 でした


娘が 人間関係に悩んでいた中学の頃

「自分に 自信はないの?」 の問いかけに

娘は 「私の今ある自信は お母さんが誉めて育てて創ってくれたもの

本当の自信は これから私が自分で経験することでしか

実感することはできない」 と言いました


親は 偉くないといけないわけでも 凄くないといけないわけでもない

子どもより 少し先に生まれ

先に経験しているだけの存在です


助言はしてあげられても 結局 見守るしかない存在

受け入れられないのは 親の見栄や世間体です


子どもと話せば話すほど 

子どもの気持ちが解れば解るほど

受け入れるしかないのです


そうして 親は成長します


親は 時には反面教師かもしれません

でも 子どもは 親の姿を見ながら 自力で成長していくのです


親としての自分は 子どもとしての自分の経験を

立場を替えて 見ているだけかもしれません

みなさんは 

子育てとはどういうものだと 思われるでしょう


初めての子どもができた時から

私は 子育てとは 自立させること

自律して生きていける 一人の人間に育てること

そう思ってきました


小さな頃は 芽を出したばかりの弱々しい苗を 雨風から守るように

やがて成長して幹になり それを見守り支えるように


そんな子育てでした


私の偉大な母は 私たち3人の子どもを育てる中

親は子どもによって 親として育てられると

いつも言っていました


子どもに 自分のできなかったことを託したり

自分がしてきたことを させたいと思ったり

子どもへの想いはさまざまでしょう


でも 子どもを一人の存在として 認め受け入れることで

親は 親として一人の人間として 成長するのだと思います


そして 子どもを自立させた時

同時に 親も一人の人間として 自立できるのです


99歳のおじいさんがいた

おじいさんを定期的に訪問する人は

いつも 幸せで虹色のような 気持ちになるという


訪問すると 「とにかく ゆっくりしなさい」と コーヒーを勧められ

「はちみつを入れると おいしいよ」

「ミルクを入れると おいしいよ」

勧められるまま 

あまり好きでない はちみつも ミルクも入れてしまう

でも なぜか とてもおいしい と思うのだそうです


見た目には 裕福といえるような生活ではないのに

ゆったりと コーヒーを飲み うぐいすの囀りを聞き

えも言えない 幸せな空間が味わえ

訪問者は いつも 豊かな気持ちで帰り

また 行きたい気持ちになるのです


でも その訪問者は 

そのおじいさんが いつかいなくなることを思うと 

悲しくてたまらない と言われるのです


今この時は 幸せで一杯なのに

まだ来ない未来を想像して 悲しくなる

不安は 未来のことです


今を生きること

それが おじいさんの虹色空間の秘密


今しかないミロスには

不安は 存在しないのです