



ぼくらは、アンゴラムの小さな村に別れを告げ、
スピードボートに乗って、アンゴラム中心近くに停泊中の
デスカバラー号に戻った。
スピードボートに乗って、アンゴラム中心近くに停泊中の
デスカバラー号に戻った。
小さな村に上陸中は、スピードボートが、
何度か往復して、村から船に戻りたい人を運んでくれる。
何度か往復して、村から船に戻りたい人を運んでくれる。
一度に乗り切れないときは、
「来年迎えに来るから、それまでご無事で」
と冗談を言って去っていく。
「来年迎えに来るから、それまでご無事で」
と冗談を言って去っていく。
残った我々も、来年まで生きていたらまた会いましょう、
などといって手を振る。
などといって手を振る。
のりのいいのはアメリカ人で、そういう冗談をまっさきに
口にするのはアメリカ人観光客だ。
口にするのはアメリカ人観光客だ。
しかし、このときはまだ2001年9・11テロ事件の
尾を引いていたのか、
20人ほどのアメリカ人観光客は、
やり手らしい男の添乗員の統率の元、
ほかの国の観光客とは交流せず、
夕食は、必ずかれらだけで長テーブルを囲み、
一種、異様な雰囲気だった。
尾を引いていたのか、
20人ほどのアメリカ人観光客は、
やり手らしい男の添乗員の統率の元、
ほかの国の観光客とは交流せず、
夕食は、必ずかれらだけで長テーブルを囲み、
一種、異様な雰囲気だった。
それまで、世界で最もフレンドリーな国民という意識を、
強く持っていて、実際アメリカに行けば親切にしてもらい、
誰とでも仲良く接してきたので、
このときのアメリカ人たちの行動はちょっとショックだった。
強く持っていて、実際アメリカに行けば親切にしてもらい、
誰とでも仲良く接してきたので、
このときのアメリカ人たちの行動はちょっとショックだった。
添乗員の男は陰気な暗い表情をしていて、
常に、ぼくら、ほかの国の人間を油断なく見張っていて、
客がほかの国の人間と接触するのを、
控えるように忠告している感じである。
常に、ぼくら、ほかの国の人間を油断なく見張っていて、
客がほかの国の人間と接触するのを、
控えるように忠告している感じである。
今回のツアーのなかで、一番数が多いアメリカ人たちは、
一日中、彼の合図や言葉に従って集団で行動しているのだ。
ものすごく感じが悪い。
一日中、彼の合図や言葉に従って集団で行動しているのだ。
ものすごく感じが悪い。
パプアニューギニアに観光に来ているテロリストなんか、
常識で考えたらいるわけないじゃないか。
と不快に思ったぼくは、
彼の態度がこのままひどかったら、苦情のひとつも
言ってやる構えでいた。
常識で考えたらいるわけないじゃないか。
と不快に思ったぼくは、
彼の態度がこのままひどかったら、苦情のひとつも
言ってやる構えでいた。
その後、彼とは意外な展開が生じるのだが、
このときは、まだ、緊張をはらんだ状態のまま、
ディスカバラー号に戻った我々は、
デッキでお茶やアルコールなど好きな飲み物を飲みながら、
しばし、雄大な夕陽に眺め入った。
このときは、まだ、緊張をはらんだ状態のまま、
ディスカバラー号に戻った我々は、
デッキでお茶やアルコールなど好きな飲み物を飲みながら、
しばし、雄大な夕陽に眺め入った。