YS-11の履歴3 『一号機 2001(JA8611)』 №1 | 青木勝のヒコーキ日和

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YS-11の一号機を見に行こう!

製造番号2001(最初は、1001だったが、のちに変更された)
登録記号JA8611号機は、試作一号機とも呼ばれる。
最初に完成された機体で、初めて空を飛んだYS-11である。

さまざまな困難を経て完成した機体が、
当時の新三菱重工業名古屋航空機製作所小牧工場からロールアウトしたのは、
1962(昭和37)年、7月11日のことだった。
仕上げの点検作業と、初飛行に向けてのタキシングテストなどを経て、
初飛行は、8月30日。

午前7時21分。近藤計三操縦士、長谷川栄三副操縦士のふたりが乗り込んだ
YS-11は、大勢の報道陣や関係者が固唾を呑んで見守るなか、小牧空港を離陸。
伊勢湾上空で左右旋回や失速テストなどを行い、
午前8時17分、小牧空港に戻って着陸した。
合計56分間の記念すべきこの初飛行で、
日本の航空歴史上初めての国産旅客機が誕生したのである。

8月30日は、YS-11の誕生日と覚えておこう。

YS-11が誕生するまでの詳しい内容を知りたい人は、
『YS-11 国産旅客機を創った男たち』 上下 前間孝則著 講談社+α文庫
を読むようにお薦めする。

戦後日本は長い間、連合国占領軍司令部から、民間機の航空活動や航空機の生産
はもちろんのこと、研究、実験などのいっさいが禁止され、
大学の航空学科、航空研究所すべて廃止された。
そのため、日本の航空界は世界の技術水準からかなりの遅れをとることになり、
旅客機製造には、並々ならぬ苦労があったのである。

現在、一号機は成田の航空科学博物館に展示されている。
5月の連休、『YS-11 国産旅客機を創った男たち』 上下を読んで、
その一号機を見に行くというのは、どうだろうか。

写真は、成田航空科学博物館に展示されている機体を撮影したもので、
プロペラ
エンジンのロールスロイスのマーク
出口のドア
垂直尾翼である。

初飛行に成功したあと、博物館で余生を送るまでの生涯は、次回に。


●成田の航空科学博物館
〒289-1608千葉県山武郡芝山町岩山111-3
TEL 0479-78-0557 FAX 0479-78-0560
http://www.aeromuseum.or.jp/