![キラキラ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif)
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(潜在意識覚醒)
セラピストのNagiです
今ま色んなセッションをやってきたけど
変われなかったって人は
最後の砦
「自分の中」
をやらないといけない
ってことだと思うよ!
「まだ気づいていない自分」に
気付くことが何よりも
大事なんだよ!
人生には「欠乏動機」という落とし穴がある
マズローによれば、動機には欠乏動機と成長動機の二つがある(註1)。
欲望、願望、あこがれなど求めているものが欠乏したときに、人は動機づけられる。それが欠乏動機である。
欠乏動機は、それが満たされないと健康を害するもの。
その欲求は基本的なもので、
人が健康のために満たされなければならない、
主体以外の人間によって外部から満たされなければならない。
欠乏動機とは、安全、所属、親密な愛情関係などの基本的欲求が欠乏しているときに、それを満たそうとする動機である(註2)。
嫌いな仕事だけれども、皆が賞賛してくれる。
好きな仕事だけれども、誰も誉めてくれない。
どちらを選ぶか。
前者を選ぶ人が欠乏動機で動いている人である。
本当はマンゴーが嫌いでも、
「あの人は高価なマンゴーを食べている」といわれて満足する。
そのマンゴーを食べる動機が欠乏動機である。
自分はマンゴーが美味しくない。
自分ではマンゴーがなんで良いのか分からない。
欠乏動機で動く神経症者には好きなものがない。
周りは嫌いなものばかりである。
しかし、そのなんでも嫌いな人が、
その嫌いなものに「これは価値がある」と主張することがある。
そして、それを獲得しようとして努力する。
それが欠乏動機からの努力である。
自分が嫌いなら相手に優しくなれない。
どんなに花が好きでも、心が満足していなければ、花を折ることもある。
どんなにその人が好きでも、心が満足していなければ、意地悪をすることもある。
そんな時でも「優しくなりなさい」という規範意識とか道徳に従う。
心の底では嫌だけれども、
それが欠乏動機からの努力である。
満足していない中で選択するのが欠乏動機。
満足している中で選択するのが成長動機である。
欠乏動機と成長動機の葛藤は、生涯を通じた葛藤である。
ある高齢者が「やろうとしていたことの一つでもしていたら『俺の人生は』また変わっていたろう」という後悔の言葉を書き遺した。
それをいいかえれば、
「一度でも成長動機に従って行動していたら、私の人生は変わっていたろう」ということである。
この人はずーっと欠乏動機に従って動いていた。
私のセッションは、
欠乏動機を成長動機に持って行くためのセッションです。
満足していない中で選択するのが欠乏動機。
満足している中で選択するのが成長動機である。
今までの自分の人生に納得していないから、
欠乏していると感じるのです。
本当は嫌いなマンゴーを、
「私はマンゴーが好きじゃないんだ」と堂々と言える様にするのが目的です。
自分が本当に美味しいと思うものを、
心の底から美味しいと言って食べれる様にサポートしていくのが私の役目なのです。
それが、自分に気づく、と言う事だからです
これまでの苦しい人生に納得なんて出来るのか?
そう疑うと思いますが、実はそれが出来るのです。
自分に気づいて、本当の自分を受け入れていくと、
不思議と苦しかった人生に意味が感じられるので、
最終的には、自分の過去に納得出来る様になるのです。
これが出来ると、欠乏動機から成長動機に変わります
自分が気づいていない自分、その自分に気がつける本
自分が抱えている漠然とした不安感
何をやっても消えない不安の正体が知りたいならこれ
「暴力性」「攻撃性」を知りたいならこれ
「良い子」で生きる事がなぜ生き辛くなってしまうのか?
「そんなバカなぁ!!」が分かる本
潜在意識の超基礎を学ぶならこれ!
マンガで読める、そこが1番のメリット
きょうもありがとうございました
私をフォローせずに、
自分をフォローしなされ!