怒り
ここ何日間か、就職活動の為に実家に帰って職安に行ったりなんだかんだと、用事が有り日記に書き込めなかった・・・。でも、狙ってった会社は、面接さえも受けさせてもらえなかった。でも、もう1社は連絡も取れない始末・・・。今年はこれで終了かな?今日もう1回トライしてみるけどね。もう今年も終わりになって来た。本当に今年は俺にとって激動の年になってしまった。来年は俺にとってどんな年になるんだろう?なんか笑える年にしたいな?ふとこの頃思うことがある。何年後かに『あ~あの時はこうだったなぁ~』とか、いつか笑い話に出来るようになれれば良いなぁ~と思う。
あるテレビ番組で、どこかの首相が言っていた言葉が凄く印象的に残っている。その言葉とは、『人は仕事をしていないと、生きる気力がなくなってくる』という言葉だ。確かにその通りだと思う。何かしらの目標となるものをもたないと、人は生きる気力というものがなくなってくるのだと思う。仕事とはその目標の一種類に過ぎないとは思う。仕事をする上では、確かに苦しい事、辛い事を経験し、落ち込み嫌になることもある。逆に、楽しくなる事も有る。そんな事を感じながら人は生きていかなくてはいけないんだと思う。人は、何かの刺激を受けて成長していくと思うし、刺激を受けていかないといけないと思う。でもこんな事を書いている俺自身、刺激を受けること自体大変になるときはあるけれども・・・。俺の場合、負の感情というのかな?それを過敏に受け止めてしまうところが有るんだと思う。それをうまくコントロールできないんだと思う。これを、今からうまくコントロールする事は出来ないかもしれない。でも、それ自体も俺自身だということを認めて行って、自分を好きにならなければいけないと思うし、コントロールするという大げさなものではなく、うまく付き合って行ければ良いと言う事なのかな?そしてある程度、リハビリして行って、そのうちうまく付き合えるような気がする。今はそう思うようになった。
全く話が違うけど、この頃『ドン・キホーテ』での放火の話題があったり年末に掛けて不穏な空気が漂っている。俺は特に『ドン・キホーテ』の放火については言いたいことがある。確かに店舗側は被害者であって、加害者ではない。被害にあわれた従業員の方もいるし、その方たちは本当に不憫でならない。でも、あえて俺は言いたい。会社側はもっと『安全』というものを考えて経営をして行かなければいけない。店はなんで成り立っているという事なのかと言う事を考慮して経営して行かなければならないと思う。圧縮陳列は本当に危険な状態だと思う。俺は昔レストランの倉庫で、圧縮して物を詰めていたことがある。消防法に引っかかっている事は充分に判っていて・・・・。でもそれは充分にいけない事なんだ。だって天井についている、スプリンクラーやセンサーがうまく作動しない事があるからだ。会社側は、特に感じて欲しいのが、それを客がいるところでやっているということ。客あっての商売、やはり客が安心して買い物が出来、楽しめるという風に少し変えて行かなければならないと思う。それが企業側の使命であって命題だと思う。社長のコメントを呼んでいると全くの被害者というコメントを出してはいるけど、それだけではないと思う。幸いにも、客に被害者は出ていないだけで、ギリギリの所だと思う。もしかしたら圧縮陳列をしていなければスプリンクラーが作動して亡くなった方も助かったかもしれない。でもそれは結果論であって、亡くなった方の命は戻ってこない。でもそれを教訓にする事は出来る。確かに『放火』という卑劣な行為は許される事は無い。でももっと企業側にも正す事有るんじゃないのかな?『楽しさ』ありきで経営するんじゃなくて、『安全』『安心』『楽しさ』をセットにして経営して行って欲しいと思う。もっと『人』と言う事を意識しなきゃいけないんじゃないのかな?被害者という事を前面に出してコメントを出したりしないで、もっと人のことを考えた姿勢というものを出して欲しいと思う。