「手放す」の意味が頭で分かったつもりでも、腑に落ちることはあまり無かった気がする。
「頑張る」方向ではなくて、「どんどん手放して楽になる」方向へ向かう方が良いと聞いたときに、もしかしたらこんなことかな…と思うことがあった。
以前私は、姑のことが好きになれないことや主人といさかいを繰り返してしまうことについて、あの時もっと自分が我慢すればとか、もっと上手くやっていれば…とよく感じていた。
そして、姑の寂しさも主人の怒りも、何となく自分に責任があるような気がして、勝手に辛くなっていた。今でも不安が強くなると、そんな気になってしまう。
でも主人の行動がエスカレートして自分が自分でいられないと感じたとき、姑に助けを求めたところ、
「夫婦の問題」「仕事と育児のストレス」「私だって辛い」「そういう話は友達にするものだ」と見事に拒絶されてしまった。
もちろん姑にそんなことを言われるのは、私の今までの態度や言動にも大いに原因がある。
結局…姑の寂しさなんて、主人の怒りなんて、最初っから私が肩代わりしてあげられるものでもなかったし、責任を追うべきものでもなかった、と今では強く思う。
ひどい言い方だけど、それぞれの問題は深い所でこじれているので、自分に向き合って自分の問題として引き受けてもらうしかないのだ。
と思うようにすると、少し肩の荷が下りて楽になる気もする。
今の私に、この二人のことでモヤモヤする時間はもったいない。
今は自分に向き合う時間を優先したい。