6位 山羊座

★今日の運勢
あなたを取り巻く環境に、大きな変化が起こりそう。これまでとはまったく違う状況に戸惑ってしまう可能性もありますが、それはあなたが大きく飛躍するチャンスです。勇気を持って積極的に飛び込んでいきましょう。

★今日のラッキーワード
足つぼマッサージ

実はこの『大きな変化』ってのは、
ここ最近カードを引いても頻繁に出てくるワードだったりします。

この占いにしても、カードにしても、どんな形で現れるのか分からないけど
チャンスは逃すなということのようなので、
目を見開き、アンテナを張り巡らせて、どんな小さなメッセージも見逃さないように。

あらためて、心に留め置かなくちゃ。






というところで、今日もちょっと真面目な話を。

何かを掴むための補助にでもなれば・・・・。



『一卵性親子』

これは、私の父が私と母を見て言った言葉。

やることなすことそっくり、という意味ではない。

いつもべったり一緒にいる、という意味。



私の母は、私に対して過剰な愛情と過剰な保護を与えた。

与え続けた。

強制的に。


どうしてこういう状況になってしまったのか。
それは母の生い立ちに起因していると思われる。

母の母、つまり私の祖母に当たる人は、母が3歳の時に結核でこの世を去っている。
その後、芸者さんに入れあげてしまった祖父はそのまま後妻に迎え、
母が5歳の時から、いわゆる継子いじめが始まった。
腹違いの弟が2人、妹が1人。
当然、実子との差別はとてつもないもので・・・・。

結婚を機に実家を出ることができた母は、
自分の代でこの異母弟妹たち、しいては親とも縁を切ろうとした。

ここに私の従兄弟になる人物が4人いるが、
中学生以来会ったこともなければ、連絡先も知らない。


父方の方。
男ばかりの5人兄弟の2番目が父。
長男があとを継ぎ、3番目、5番目は婿養子へ入った。
4番目は大学生の時に精神病を発症し、そのまま亡くなるまで20年間ずっと病院。

3番目の弟の奥さんという人が、こちらの親戚とは深く関わりたくないという人で、
同じく自分の代でこことの親戚付き合いを止めたいと思っていた母と意見が一致。
私たちいとこ(1歳違い)が中学生になるころまでは、
毎年夏に父方の実家に集まっていたのだけど、
受験を理由にパタリと顔を見せなくなる。

そこから先は、何かがあっても出席するのは親たちだけ。
私の結婚式にも、いとこの結婚式にも、出席したのは叔父と叔母のみ。
叔父が亡くなった時も、いとこたちは全員呼ばないという方針から
私は出席しなかった。

父の兄弟たちも、去年までに全員が亡くなり、今では私の父だけ。

兄弟の繋がりが無くなった今、いとこたちがどこに住んでいるのか、
子供が何歳なのか、男なのか女なのかも知らない。

離婚のために、一瞬増えたかに見えた親戚も一気にゼロになった。

父と母が亡くなってしまったら、親を通じてかろうじて繋がっているかもしれない
『親戚』という縁は全て切れる。





母は、自分を助けてくれなかった父親(祖父)や、
云われもなく苛めてくる継母への不信感から一切を拒絶したんだと思う。

そして、自分が与えられなかった愛情、
これを娘である私に全力で与えよう、と。

それが過剰な保護に繋がった。

実家にいた高校生までの子供時代。
ゴミ出しに行ったこともなければ、料理をしたこともない。
ただ、いつもべったりだったので、台所に立っている母の隣で
ずーーーっとお喋りをしていた。
そうやって見てはいるから手順は何となく分かる。
必要な調味料もわかる。

けれど、実際にお味噌汁を作ったのも、ご飯を炊いたのも、
こっちに出てきてからのこと。
基礎料理本と記憶にある手順を頼りに、よく毎日の食事を作れていたものだと、
我ながら感心する。


過保護はこういう日常生活だけに留まるはずもなく・・・。

高校2年で元亭主と付き合い始めた時、
母は彼を呼びだして、いったいどういうつもりなのだと詰問したのだという。
(これは結婚後数年してから知らされた)

高校生と大学生の恋。
もし、この母の行動が無ければ、結婚まで至らなかった可能性が高い。
たぶん思わず『真剣です』と答えてしまった彼。
ってか、そういう風にしか答えられないよね。
相手の母親を目の前にして、『遊びです』とか『将来のことは分かりません』とか
なかなか言えるものじゃない。


一度口に出したことをすぐには撤回できない性格の彼のことだから、
この発言が自分を縛る鎖になったんだろうな、と思う。


こういう風に、私の見えるところでも見えないところでも
母の過剰な愛情は注がれ続ける。

高校生の時、私は早く実家から離れたいと思っていた。
それは、自立したかったからではない。
母の愛情が重くて重くて重くて負担で負担で仕方がなかったから。


今はこの物理的な距離が、良い関係を築けている要因になっていると思う。
ま、高齢になってきて心配ではあるのだけれど。





そして、さらに私には苛められっ子だったというトラウマがある。

これは以前、書いたことがあるのだけど。

苛められる原因が父親の職業(小学校の先生)という
これまた私には何の原因もないことに起因している。

小学校に入って苛められるまでの間は、
なんにでも興味を持って、行動力があって、怖いもの知らずで
明るく、どちらかというと目立つ存在だったようだ。

ところが、自分のやることなすこと全てが苛め行動が始まる切っ掛けになってしまう。

できるだけ目立たずに・・・・
できるだけ関わらずに・・・・・
自分の意見や思いは言わない。
右へ倣えの状態にしておくのが一番平穏。


これが、私が自分に科した枷。


友達という存在に自分の本心を曝け出したことはなかった。

小中の友達は、高校へあがると疎遠になり、
高校の友達は、地元を離れると疎遠になった。


ただ、ここで一つの転機があった。

それは実家を離れて関東へ出てきたこと。

ここには、過去の私を知る人はいない。(彼以外)


少しだけ、本来の自分が顔を出す。

専門学校でできた友達がたまたまアニメや漫画が好きな人が多かった、
ということもあって、隠していた好きなもの『アニメと漫画』を
堂々と語り合うことができた。

そう、語り合えたの。

自分の中に抑え込んできた、自分の考え、自分の思い、
それをみんなの前で語り、語られ。。。

受け入れられるという感覚。



ところが、やっぱり、自分の意見を口に出すと、叩かれるという場面も
多数存在するわけで。。。

これは、まだ子供が小さかった時に、今住むこのご近所で経験したこと。

PTAの役員(広報)をやっていた時にも経験した。

向こうにしてみたら、そんなに大きなことでないのかもしれない。
ところが、こっちにしてみたら、過去のトラウマを抱えているのだから、
反対意見として議論するのなら問題ないのに、
陰に回って、『あの人に協力するのは止めよう』だとか
『何様だと思ってるの?』とか。

で、そういうのって必ずと言っていいほど耳に入るもの。

むかっとする前に、昔のことを思い出して心の奥に穴が開く。

うかうかすると、再びその穴の奥に自分が引き込まれてしまう。



この感覚っていうのは、実はいまだに引きずっている。

ブログで自分の心の底をさらけ出して、思いをいくら語っても、

気を抜くと、『さあ、おいで』って底の見えない穴が開くのがわかる。


とてつもない孤独感に襲われることもある。

Twitterやブログで誰かと繋がっているって思っている今でも。



「だけど、とーこには子供がいるじゃない」


確かにね。

だけど、あの子たちにはあの子たちの人生があって、
あの子たちの進むべき道がある。

成人している今、私があの子たちにするべきことは、見守ること。

あの子たちがふと思い悩んで立ち止り振り向いた時に、
『大丈夫だよ』って受け止めてあげるだけ。
そういう愛。



離婚後、恋をした。
付き合って1年過ぎて『結婚』という言葉がチラつきだすと怖くなる。

本当にこの人でいいんだろうか。。。。。

だって、この人は私の心の奥底を知らないよ?

全てをさらけ出して、受け入れられなかったら?

受け入れられない、理解してもらえないっていうダメージを受けるくらいなら・・・・。


現実に起きてもいないことなのに、先回りして別れを決める。

幾度も繰り返した悪しきパターン。




だから、私はこのブログを書き続ける。

自分の心の奥底のこと。

自分の心の黒いところ。

自分の性癖。

好きなもの、嫌いなもの。


私の全てを知ってほしいという欲求。

私を理解してほしいという切望。

受け止めてほしいという願い。


この不意に湧き出てくる強烈な孤独感を打ち破りたい。




それと同時に、好きな人の全てを知りたい、理解したいという渇望がある。


彼の心の底には何があるのか。

見て、感じて、受け止めたい。





私の好きな人が、
こんな関連のない記事まで読んでくれているのかは分からない。

もし、ちょっとでも興味を持ってくれていたなら・・・・

もし、読んでくれていたなら・・・・










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