>花がほころぶように、紅茶の香りがする。
>静かに、ふわりと。
>リカがすれ違うときに、だ。
>リカはどこにでもいる、ふつうの女の子。
>ただ、他の女の子とすこし違うとしたら。
>紅茶をとびきりおいしくお茶をいれられること。
>リカの部屋には、様々な種類のお茶がある。
>例えば、エメラルドの缶にはダージリン、
>ローズピンクの缶にはアールグレイ、
>浅葱色の缶には緑茶、
>深紅の缶にはローズヒップティー、
>黒い缶にはウバというふうに。
>それぞれ、名前が銘たれた金色のラベルが貼られている。
>ある夏の暑い午後、わたしはリカの家に招ばれた。
>その日は、それはそれはうだるような暑さで、景色もとろける
>くらいだった。リカの家は、古い木造アパートの二階の角部屋
>。
>白い壁に赤いドアというたたずまいは、
>日本の古いアパートにしては
>なかなかしゃれていると、訪ねるたびに思った。
>わたしは手みやげにシャンパンを提げていた。
>昼間からお酒を飲むとは、なんて贅沢なのだろう、と思いなが
>ら。
>半透明のラメの入った包みに、
>赤いりぼんがかけられているそれは、
>クリスマスみたいだ。
>真夏の今日のような日は、
>雪の降る季節を架空の遠いものとして憧れる。
>たった半年、経てばやってくるものなのに。
>「いらっしゃい。」
>ドアのチャイムを鳴らすと、ぱたぱたとスリッパの音がして、
>リカの部屋のドアが開いた。
>リカは家にいるときにはエプロンをしている。
>白いレースがついていて、端っこに黒い刺繍が入っている。
>リカいわく、エプロンは、特に女の子にはよいものだそうだ。
>お料理するときやお掃除するときに、服も汚れないし。
>なにより「幸せになれるおしゃれ」だとも。
>不思議の国のアリスも、
>青いワンピースに
>白いエプロンというのがポイントなの。
>お姫様だってしているでしょう、
>白雪姫もシンデレラも、とも。
>リカの部屋は、入ってすぐに台所がある。
>棚に並べてあるいろいろな色のお茶の缶から、
>それぞれの香りがする。
>果物が熟れたような甘い香りのような。
>落ち葉を踏みしだいたときの香ばしいにおいのような。
>日向のにおいのような。
>ほの甘い雪のにおいのような。
>それらが混ざり合い、
>香りの音楽となって部屋じゅうを包み込んでいる。
>「暑かったでしょう、いま冷たいものいれるわね。」
>台所を抜けた奥に、居間がある。
>丸いちゃぶ台に、白いクロスがかけられていて、野花の一輪挿
>しが真ん中に置かれている。
>こういうことをさりげなくできるリカは、
>やっぱり女の子だな、と思う。
>台所から、濃い紅茶の香りが漂ってきた。
>香りにつられてふと、わたしは台所の方をみると、
>リカがトレイを運んできた。
>「おみやげのシャンパンも、いただきましょう。」
>運ばれてきたそれは、
>濃く煮だした紅茶のガラスのポットと、たっぷりの氷、
>そして、わたしが持ってきたシャンパンのボトル。
>リカはグラスに氷をいれて、紅茶を半分注ぎ込んでかき混ぜた
>。
>そこまでは、いつものアイスティーのやり方である。
>リカはアイスティーに、シャンパンを注いだ。
>「ダージリンというお茶はね、紅茶のシャンパンともいわれて
>いるの。」
>グラスの中は、底が深紅の紅茶で、
>上にいくほど金色になっていき、
>泡がきらきらとしていた。
>「きれい。」
>その涼やかな飲み物をふたりで飲んだ。
>紅茶の渋さと、シャンパンの軽やかさが
>夢のように喉元を滑り落ちた。
>ふと我にかえると、開け放しの窓から
>緑の影がゆらゆらと落ちてくる。
>うるさいほどの蝉の声。
>一輪挿しの水が、クロスの上に光の波を描いている。
>それらの景色がわたしたちを包み込み、とろけていく。
>夏は暑いだけで、こんな美しい演出が出来るのだ。
>
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