顔面神経麻痺
facial palsy
解説:金子 富美恵 (済生会有田病院 耳鼻咽喉科 医長)
顔面神経麻痺はこんな病気
顔面神経麻痺は、顔面神経がなんらかの原因で傷害されることによって、表情を作ることが突然できなくなる病気です。1年間で、10万人あたり50人ほどが発症するとされています。
脳から直接出ている神経を「脳神経」と呼びます。脳神経は12種類ありますが、そのうち7番目の脳神経が「顔面神経」です。聴力・平衡感覚をつかさどる8番目の「聴神経」とともに耳へ向かい、耳の後ろを回って、耳の下から顔の表面の「表情筋」へと枝分かれして広がります。表情筋は顔から首までの皮膚に薄く張り付いている筋肉で、「眉を上げる」「目を閉じる」「唇を動かす」「頬を膨らます」「笑顔や嫌な顔を作る」などに役立ちます。顔面神経麻痺ではこれらの表情を作ることができなくなります。
顔面神経麻痺の約60%は顔面神経だけに症状が現れる「ベル麻痺」と呼ばれ、原因不明とされてきました。しかし、近年になって身体に潜む「単純ヘルペスウイルス」が顔面神経で再活性化(再増殖)し、神経に炎症やむくみを起こすことで、麻痺を発症することが分かってきました。
顔面神経麻痺とともに同じ側の耳が赤く腫れ、水疱ができたり強く痛んだりする場合もあります。これは、水ぼうそうのウイルスである「水痘・帯状疱疹ウイルス」が再活性化することが原因で、「ラムゼイハント症候群」と呼ばれます。顔面神経麻痺の約20%がこのタイプです。ベル麻痺よりも、ラムゼイハント症候群の方が重症化しやすいといわれています。
顔面神経麻痺の症状
顔の動きの低下によって「額に皺を寄せられない」「目を閉じられない」「口から水が漏れ出る」などの症状に加え、「音が耳に響く」「味覚低下」「涙の減少」などもみられます。これは表情筋のほか、耳の中の筋肉、味覚、涙の分泌にも顔面神経が関与しているためです。
単純ヘルペスウイルスが顔面神経とともに内耳にも炎症を起こすと、「難聴」「耳の詰まった感じ」「耳鳴り」「ふらつき」「めまい」などの症状が現れます。
顔面神経麻痺の検査・診断
顔面神経麻痺の重症度は、見た目と、神経傷害で評価します。見た目の評価は、「柳原法(40点法)」で行ないます。10項目の表情運動に0から4点の点数をつけ、合計値で評価する方法です。神経障害のレベルは、「誘発筋電図検査」で測定します。顔面神経に電気刺激を行ない、表情筋の反応の左右差を比較する検査です。ほかには、聴力検査、平衡機能検査、味覚検査、涙の分泌検査も行ないます。
顔面神経麻痺の原因の検査は、血液検査でウイルスの抗体価を調べるほか、CT検査、MRI検査も用いられます。
顔面神経麻痺の治療法
ベル麻痺とラムゼイハント症候群の主な治療薬は、神経の炎症やむくみをおさえるステロイドホルモン剤と、単純ヘルペスウイルスと水痘・帯状疱疹ウイルスの増殖をおさえる抗ウイルス剤です。これらは、発症後3日以上経ってからでは治療効果が下がるので、発症したらすぐに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
治療を開始しても、発症後1週間は進行することが多く、10日目前後が最も悪化します。ステロイドホルモン剤は、糖尿病・B型肝炎・結核などの感染症、胃潰瘍、高血圧、低カリウム血症、不眠症、肝障害、骨粗鬆症などに注意して使用します。また、抗ウイルス剤は、腎機能によって量の増減が必要です。
重症の麻痺では、耳の手術が行なえる専門施設で「顔面神経管開放術」を行ないます。この手術は、耳の後ろから、顔面神経が通る骨の管を削りとることで、むくみで圧迫された神経の負担を軽くします。手術の効果は、術後にゆっくり現れます。
軽症の場合は1カ月程度、中等症以上でも3カ月程度経つと、麻痺はほぼ分からなくなりますが、一部の患者さんでは神経の回復が終わる1年後も麻痺が残ります。さらに、後遺症として、口を尖らすと目が縮み、目を閉じると頬がひきつれる「病的共同運動」のほか、顔がピクピク動く「顔面けいれん」、顔がこわばる「拘縮(こうしゅく=関節が動かしにくくなった状態)」、食事をすると涙目になる「ワニの涙」、耳の筋肉のけいれんによる「耳鳴り」などの不快な症状が残ります。後遺症は発症3カ月後から発症して1年間進行し、その後、症状が固定します。一度麻痺が治った場合でも、後から後遺症が現れる可能性があるので、発症後1年の間は注意が必要です。
頻度は少ないですが、他のウイルスや細菌の感染症、腫瘍、けが、免疫疾患などが原因の場合は、それぞれの病気に合わせて治療します。
顔面神経麻痺の治療
顔面神経マヒとは?
急性の顔面神経マヒというのは、ある日突然顔の半分、あるいは一部分が思うように動かせなくなる状態のことをいいます。顔にはいろいろな神経がありますが、中でも顔面神経は、顔面の筋肉を動かす大事な神経です。この神経は脳を出てから耳の骨(側頭骨)の中を走行し、骨から外に出ると、耳下腺の中で眼、鼻、口唇に向かう3つの枝に分かれて、それぞれの筋肉に分布します。
この神経に何らかの病気が生じると、顔面マヒが起きるわけです。
このように、神経の走る道筋の大部分が耳の骨、耳下腺、顔面は、すべて耳鼻科の領域内にありますので、万一この病気にかかったら、まづ耳鼻咽喉科でよく原因を探す必要があります。そして早急にマヒと原因疾患の治療を始めなければなりません。治療が遅れるほどマヒの回復が悪くなるからです。
顔面神経マヒの症状:
顔面神経マヒは通常、顔面のどちらか半分に起こります。症状は、顔の半分が意のままに動かないということで、その結果眼を閉じることができない、片方の口角が下垂する、口から水がこぼれる、などの現象がみられます。眼が閉じないために眼を痛めることは勿論、容貌に関わることなので非常�にストレスになることでしょう。
その他、この病気の症状として、マヒのある側の舌半分の味覚がなくなることや、涙の出が悪いことなどがあげられます。
マヒの原因:
顔面神経マヒの原因にはいろいろありますが、一番多いのは、ベル麻痺とよばれる特発性のマヒです。これは明らかな原因がなくて急におきるもので、本態は循環障害による神経の腫れによると考えられています。次に多いのはヘルペスウイルスによる神経炎です。そのほか、頻度は高くありませんが中耳炎による神経炎や耳下腺の悪性腫瘍も原因となります。
治療方法:
この病気の治療にはまず、原因を調べることが重要で、原因が分かればその治療を行うとともに、麻痺に対する治療をなるべく早期に開始することが必要です。
ベル麻痺やウイルス性のマヒなど、急性の顔面神経マヒには、ステロイドとよばれるホルモン剤を早期に使用します。後者では、ヘルペスウイルスの特効薬であるゾビラックスという抗ウイルス剤を併用します。
軽症のマヒの場合は2週間から4週間程度で回復します。最近は、重症のマヒでもステロイドの大量'点滴でかなり高率に回復することが分かってきました。ただし、回復には時間がかかり、完治する率は100パーセントではありません。
難治性のマヒをどうするか?
2、3ヵ月を経過しても、まったく回復の兆しのないマヒでは、私共は、漫然と薬をのませるのでなく、思いきって顔面神経減荷術といわれる手術療法を行うことをすすめています。
さきにも述べたように、顔面神経は硬い骨に囲まれて走行するので、炎症や循環障害により神経が腫れた場合、なかなかよくなり難いと考えられます。このような状態を改善して、マヒの回復を助けるために、耳の骨を削って、顔面神経を露出させ、腫れを消退しやすくする、というのが、この手術の内容です。(手術は全身麻酔で行うので痛みはありませんが、2週間程の入院が必要です)。
これまで、国立札幌病院では難治性マヒ十数人に対して減荷術を施行しましたが、全員の患者さんで術後半年位で著明な回復をみております。