アルクシカバネ。 -2ページ目

アルクシカバネ。

旧Yahoo!ブログの『イケルシカバネ』 2018.9.10-
学生時代の愚痴ブログ(非公開)を掘り起こしたもの

百六十三回目の受診。祖母が急逝し、亡くなるまでの集中治療室での極限から、今度は再来した死後事務の地獄が始まった。「祖母」であるのに、何故孫である泥水が死後事務を頼まれていたのか、泥水一族の使えなさを想ってほしい。

祖母は祖父の後妻で、正直問題だらけな泥水一族とは血がつながっておらずに、聡明で優しく、祖父を大往生させてくれた。泥水には生まれた時から祖母が祖母だったので、血のつながりを問題と思ったことは一度もない。泥水一族の伯父や伯母からはいびられた経験があるようだが、祖母の明るさはそんな障害も越え、孫からは間違いないなく全員に好かれている。かつては泥水の両親を祖母は一番頼りにしていたのだが、実際に祖父が亡くなった後、両親はほとんど祖母の顔も見に行かず、祖母が両親に渡したいと願っていた家の相続も拒否した。泥水は、祖父が亡くなった時から祖母に度々会いに行くようになった。祖父をあんなにも穏やかに逝かせてくれた祖母は、血縁がないこと、聡明で自立心が高いことから周りにほとんど頼らず、こちらからいかないと一人ぼっちになってしまう、と、本能的に感じたからだった。大好きな祖母が孤独なのは、泥水の方が辛かった。

 

泥水の一族は、そうした「顔を見に行く」程度のこともしないくせに、あれこれ文句だけは言う。祖母はそれを全て受け止め、時には叱責し、解決してきた。

綺麗事は口先だけで、祖母に何もしない一族達より、祖母が泥水に心を開くのに三年かかった。泥水は特に何も考えずに、むしろ祖母が精一杯もてなしてくれるのが悪いな、と思いつつ、度々会いにいっていただけだ。公正証書の遺言書も、葬儀計画も祖母は自身で全て用意し、ある日、泥水に伝えた。祖母に何かあれば泥水が、葬儀と遺言書のことをしてほしいと。結局他の死後事務も泥水や兄弟が走り回っており、ろくに動かない一族はもう滅びろと思う、と先生に言った。

先生は苦笑した。睡眠も体調も悪くなったが薬はそのままにした。地獄は続く。

百六十二回目の受診で、心理氏とは148回目のお話。祖母が亡くなる前日の受診だったが、その日の祖母はまだそれまでより調子が良かった。といっても元々、ずっと絶望的なバイタル状態だったのだが。心理氏にはただただ衝撃を話した。

高齢であるから順番としては自然なこと、まだ働いていた父と違って隠居状態の祖母に手術までしてもらったのは医療費高騰時代においてどうかとも思うこと、それでも20%以下の生存の可能性を諦められなかったこと。ちょうどたまたま、前回の心理氏とのお話では祖母のことも喋っており、その時に泥水が少しでも、負担だという話をしてしまったからバチが当たったのかとか、祖母にも一周忌に向かう途中に、祖母のいる場で日本の介護問題などの話題をしてしまっており、それを耳にした祖母が早く死んだ方がいいと思ってしまったのではないか、等、泥水のあふれる混乱を心理氏は一つ一つ、解きほぐしていってくれた。

介護問題は自立していた祖母のことを言ったつもりではないこと、祖母のことをするのは泥水が自分からしている脈絡の話だったこと、しんどさはしんどさで、あって当然なこと、そもそも祖母のことを任されたのは泥水の両親であるのに、泥水がずっと動いている状況の歪みなど、心理氏は丁寧に整理し直してくれた。

医療費云々に関しても、親しい身内が死にかけている時に生きてほしいと願う事は当然なのに、泥水さんは見える全ての問題を抱えようとするんですね、と。

 

それでも思う。今回、葬儀の日取りなども含めて泥水には都合の良いように結局事が回っており、泥水の歪んだ守護霊が、祖母を負担だと思って連れていったのではないかとか、どうしてよりによってこの局面で、泥水は祖母を含めたことの愚痴を、前回心理氏に言ったのだろう。母ももっと祖母に関われ、と泥水は正直怒っており、一周忌で泥水はだから祖母と話さずに、祖母の相手は母に任せた。母はその分、祖母と話せてよかった、と言っている。代わりに泥水は祖母と話をほとんどせずに、お墓参りの時に話せばいいと思っていた。その時はもう永遠に来ることがなくなり、いつも通り祖母を送った時の姿が最後の別れになった。

心理氏と話した日に、泥水は、寝たきりになっても祖母を介護したいと思った。

それは叶わなかった。父も祖母も、皆に負担をかける事を望まなかった。多分。

百六十二回目の受診。から、あまりに嵐が目まぐるしくて、ここまで書きに来る余裕が全くなかった。疲労とショックと、嵐による過緊張での睡眠不足で今週は眩暈が止まらず、偶然仕事がまだしも楽な配分だったことだけが助かっている。

父の一周忌が終わり、やっと穏やかな日々が戻ってきたと思った三日後、祖母が倒れた。仕事以外は引きこもりの泥水と違って、高齢でも一人で外出する元気な人で、最近はそれでも持病の肺炎が再燃するなどもしていたが、その治療が軌道に乗って、元気が戻ってきていた矢先だった。

突然、祖母が自宅の近くで倒れていると連絡があり、転倒して頭を強く打って、高齢者の生存確率は20%以下とも言われる状態になっていた。緊急手術までしてもらったが、治療の甲斐なく亡くなってしまった。手術をしなければその日中に亡くなっていただろうが、手術をしたので、意識のないまま10日間も頑張らせてしまった。手術しなければすぐ死ぬとわかっている状態で手術をしない選択肢を泥水は取れなかったが、余計苦しめたのではないか、とぐるぐるし続けている。

 

意識のない祖母がいる集中治療室を、行ける日は全て見舞いに行った。緊急時の連絡先は泥水になっているので、毎日祖母の死の知らせがないか夜には怯えた。

父も早朝に亡くなって泥水に電話が入ってきた。今回受診した時には祖母はまだ生きていて、でも多分無理だ、と先生に嘆くしかできなかった。発見された時点でもうほぼ祖母は亡くなっていた。あんなに健やかな人だったのに、こんなにも突然別れが訪れ、週末には父の墓参りに一緒に行くと約束していたから、その時ゆっくり喋ればいいと思っていたのに、そんなささやかな日常が全部消えた。

父の時も、苦しい数か月を過ごしてきた。父には様々なエピソードがありすぎ、悲しみだけでなく後悔も怒りも感情がカオスで、それに比べれば衝撃と悲しみに満たされている今は耐えやすいかもしれない。ただ、体の疲労は凄く正直だ。

文章も色々とおかしいと思う。次の受診日がいい加減来てしまうから、と必死に書きに来ている。いくら祖母が高齢であっても、急な事故の衝撃はどうしたって拭える事はなかった。これから穏やかにゆっくり弱っていくと思っていたのに。

人生はいつも、容赦がなさすぎる。とりあえず眠剤を倍量飲んでいる。つらい。