百六十三回目の受診。祖母が急逝し、亡くなるまでの集中治療室での極限から、今度は再来した死後事務の地獄が始まった。「祖母」であるのに、何故孫である泥水が死後事務を頼まれていたのか、泥水一族の使えなさを想ってほしい。
祖母は祖父の後妻で、正直問題だらけな泥水一族とは血がつながっておらずに、聡明で優しく、祖父を大往生させてくれた。泥水には生まれた時から祖母が祖母だったので、血のつながりを問題と思ったことは一度もない。泥水一族の伯父や伯母からはいびられた経験があるようだが、祖母の明るさはそんな障害も越え、孫からは間違いないなく全員に好かれている。かつては泥水の両親を祖母は一番頼りにしていたのだが、実際に祖父が亡くなった後、両親はほとんど祖母の顔も見に行かず、祖母が両親に渡したいと願っていた家の相続も拒否した。泥水は、祖父が亡くなった時から祖母に度々会いに行くようになった。祖父をあんなにも穏やかに逝かせてくれた祖母は、血縁がないこと、聡明で自立心が高いことから周りにほとんど頼らず、こちらからいかないと一人ぼっちになってしまう、と、本能的に感じたからだった。大好きな祖母が孤独なのは、泥水の方が辛かった。
泥水の一族は、そうした「顔を見に行く」程度のこともしないくせに、あれこれ文句だけは言う。祖母はそれを全て受け止め、時には叱責し、解決してきた。
綺麗事は口先だけで、祖母に何もしない一族達より、祖母が泥水に心を開くのに三年かかった。泥水は特に何も考えずに、むしろ祖母が精一杯もてなしてくれるのが悪いな、と思いつつ、度々会いにいっていただけだ。公正証書の遺言書も、葬儀計画も祖母は自身で全て用意し、ある日、泥水に伝えた。祖母に何かあれば泥水が、葬儀と遺言書のことをしてほしいと。結局他の死後事務も泥水や兄弟が走り回っており、ろくに動かない一族はもう滅びろと思う、と先生に言った。
先生は苦笑した。睡眠も体調も悪くなったが薬はそのままにした。地獄は続く。