先週、出張があり先輩と2人で出かけた。そこは先輩が学生時代を過ごした街だった。昼時を少し過ぎたころ、先輩がある噂がある店に行こうと言いだした。
先輩の話では学生の頃に聞いた噂話で、非常に印象深く覚えているらしいのだが、その店に行くのは十年ぶりくらいだという。
噂と言うのはこんな話だった。
その店は定食屋だった。学生もよく来るこの店は味もよいが量も多めで人気だった。その店にはある老夫婦の常連客がいた。老夫婦は来店するといつも日替わり定食を注文し、食べていた。
しかしある時、おばあさんが大病を患い、好きなものも少量しか食べられなくなってしまった。長い入院生活のあと、おばあさんとおじいさんは久しぶりに定食屋を訪れた。
この日は、2人で1つの日替わり定食を注文し食べ始めた。しかし、少量しか食べられなくなったおばあさんと、元々小食だったおじいさんは量の多い定食を食べきれずに残してしまった。
それからも老夫婦は店を訪れたが、その度に食べきれずに残して店を後にした。
そんなことが何度か続いているうちに、おじいさんが店員さんに「私らはいつも残してしまって申し訳ない。日替わり定食を半分の量にしてもらえないか」と言った。
アルバイトの店員は、「半分にすることはできません。残しても結構ですよ。」と答えた。
しかい、おじいさんは「せっかく作ってもらったのに残すのが心苦しくて・・・」と悲しそうな顔で言った。
そのやり取りを聞いていた店主が店の奥から、「残さなくてもいいように、お二人のための定食作りますよ。」と言い半分の量の日替わり定食をメニューに加えた。老夫婦は大変喜び、それから、おばあさんが亡くなるまで店に通い続けたという。
おばあさんが亡くなった後も、その店にはおばあさんの名前である花さん(仮名)からとった「花さん定食」というヘルシーで量の少ない日替わり定食があり女性や子どもに大人気だという。
とてもいい話を聞き、その店に絶対行きたくなった。
店に着くと、さっそくお品書きの中から「花さん定食」を探す。しかし、メニューの中にはない。
食事を終え料金を払う時、先輩が店員さんに「花さん定食」の話をすると、店員さんは丁寧にその話に答えてくれた。
この噂話は真実なのだそうだ。ただし、一部を除いては。
「花さん定食」は確かにあった。しかし、老夫婦のための特別メニューで、メニュー表に載せたことも他のお客さんに出したこともないという。その話が噂となり広まり始めたことを知ったある従業員が店主に「花さん定食」を作ったら、きっと話題になってお客さんが増えるのでは、と提案したところ店主は「あれは花さんに食べてもらいたくて作ったメニューだ。それを金儲けに使う気はない。」
と言ったと言う。
噂は所詮、噂。
真実にこそ本当の感動がある。
そう感じた午後だった。