MSXとこんなに長くつきあうことになるとははそのとき夢にも思ってませんでしたが
小5の時、同級生のT島君の家に行くとMSXがありました。

(MSXというのはパソコンの規格の1つだとおもって下さい。家庭用テレビに直接つなげるのが特徴的でした~)


ライトペンがついていてテレビの画面をタッチすると絵が掛けるというものに興奮しました~

T島君は漫画をかくのが得意で、僕もキ●肉マンを模倣したつたない漫画をかいてましたのでクラス漫画友だちでした。
(当時の小学生はクラスで漫画を書く奴が5%ほどいて、描いたのをまわし読みしていました。私もその5%の一人です。)


そのT島君の家にMSXが来たのがすごく衝撃を受けました。でもライトペンのお絵かきツールは非力だったのですぐに遊ばなくなり、いつのまにかカセットテープのゲームをやってました。

ミステリーハウスとかデゼニランドとか><


まぁそのゲームもすぐ飽きるのでいつのまにかMSX自体が僕の中から抹消されていました。。。
(その頃はプログラムよりも漫画書いてみんなに面白がってもらえる事に生きがいを感じてました
(子供の頃に書いた漫画残してたら笑えたんだけどなぁ~ 勿論いわゆる大学ノートに鉛筆で書いた程度のたわいないものですよ~)


でも高校生のときにひょんな事からまたMSXと出会うのですが、それはまた後日~


(次回に続く)

兄弟は3人兄弟ですが、弟と私は良く食べました。

食べ盛りになると争うように食べます。


うちはおかずは大皿にドカンと出されて、取皿などなしに直接どんどん食べるスタイルでした。


なのでやはり体の大きい私には弟は勝てなくて(4歳はなれています)いつもおかずの数でもめていました。

特にから揚げのばあいは数が明確に分かる為必ず戦争が勃発していました。


ある日の事、から揚げを食べ終わったあといつもなら不満を言い出す弟がニヤリと笑っていました。
???」と思ったのもつかの間


なんということでしょう!


弟のどんぶりのご飯のなかから大量のから揚げが出てきたのです。


この時、弟のいじらしさに家族みんな大爆笑しました。



それから数日間はお互いに「から揚げ大作戦」を活用していたのは言うまでもありません。


今はお互いに大人になってから揚げをタラフク食べれるようになりましたが、あの頃の思い出は忘れる事はできません。


たのしかったなぁ~

僕の家は珍しくボットン便所でした~


結構、町中なのにボットンなのですごく恥ずかしい思いをしてました。


特に友だちを家にあげるのがいや必ずトイレしてからでないとダメとか友だちにしては謎のルールを強いていました。


本当に友だちといえる者しか僕の家に上がったことないです。

僕の嫁もあがったことあります。嫁は田舎がボットンだから大丈夫よ~といってましたが。。。


今思えば僕が家に人をあげるというのは「ある種の儀式」だったような気がします。
自分の恥ずかしいところ弱いところをみせて受け入れてもらえるかどうかを気にしてました。

ここまで見せたのは信用しているからだなぁと自分でも思いました。



===

ボットン便所の一番つらいところはクミトリの儀式でした。


クミトリ屋のオッちゃんがきたら、便所に水を流さないときれいに取れません。
その水の量たるや風呂釜半分ぐらい(バケツ7、8杯ぐらい)


オッちゃんの掛け声に連動して水をいれなければなりません。


そのあとの匂いはとってもくさいです。。。


でも他人のオッちゃんはもっと臭かったことでしょう。


オッちゃんありがとう~


食べる→排便する→誰かが処理してくれている。そのアリガタミは見えないと分かりません。


逆に「生きている生命」→「殺傷」→「食品化」→「調理」→食べる

も見えていないのでアリガタミを忘れがちです。


全ての生命において、各々がたくさんの犠牲の上に成り立つ命ですから大切に生きていきたいものです。


説教臭くてスミマセンが、次に続きます。。。)


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