私が勤める会社は、大きく分けて事業を5つに分けています。
そして、私の部署の業務の一つとして、そのうち一事業におけるマニュアル整備を担当しています。
最近では、商品は専門高度化し、システムもいろいろ整備され、一事業のマニュアルを一人で受け持つことは、現実的に難しくなっています。
よって、複数の担当者が、同事業の中でも役割分担を決め、自分の領域に責任を持つ形にしています。
そして、本日、とあるミーティングに出た時の話。
隣に座った方から、
「あなたの部署で改訂したあのマニュアル、どうしてあのような改訂をしたのですか?」
と聞かれました。
私は、自分の領域外であったため、
「それは担当者本人に聞かないとわかりません。」
と回答するのが精一杯。
それに対し、その方は、
「セクショナリズムだ!」
と言うのです。
理想論を言えば、部全体の内容を全員が把握し、自分の領域外のことでも、外部から照会が入れば回答して差し上げる、ことが望ましいに決まっています。
しかし、現実的に、このような経済環境下、余裕人員がいる訳でもなく、業務の専門化が進む中、一人で対応できる範囲は自ずと限界があります。
つまり、「セクショナリズム」という言葉は、ある意味、的を得ています。
しかし、同じ状態を「効率的分業」という、別の方法で表現することもできます。
例えば、日本で生活する際、日本人全員が自給自足をするために田畑を耕し、布地を買ってきて服を縫製し、自分で切り出した材木で家を建て…、なんてしていたら、非効率極りないことです。
それらのことを、それぞれ特色ある企業が受け持ち、コストダウンを図りつつ、消費者に提供しているからこそ、日本社会が成り立っています。
もっと言えば、全世界的に分業し、各国が様々なものを輸出入しているからこそ、日々の生活ができています。
同じ状態でも、どのような角度から物事を見るかによって、違う言葉で定義できるものです。
ある一面だけをとらえ、批判するのではなく、多面的に捉える力が必要だと思います。
そして、私の部署の業務の一つとして、そのうち一事業におけるマニュアル整備を担当しています。
最近では、商品は専門高度化し、システムもいろいろ整備され、一事業のマニュアルを一人で受け持つことは、現実的に難しくなっています。
よって、複数の担当者が、同事業の中でも役割分担を決め、自分の領域に責任を持つ形にしています。
そして、本日、とあるミーティングに出た時の話。
隣に座った方から、
「あなたの部署で改訂したあのマニュアル、どうしてあのような改訂をしたのですか?」
と聞かれました。
私は、自分の領域外であったため、
「それは担当者本人に聞かないとわかりません。」
と回答するのが精一杯。
それに対し、その方は、
「セクショナリズムだ!」
と言うのです。
理想論を言えば、部全体の内容を全員が把握し、自分の領域外のことでも、外部から照会が入れば回答して差し上げる、ことが望ましいに決まっています。
しかし、現実的に、このような経済環境下、余裕人員がいる訳でもなく、業務の専門化が進む中、一人で対応できる範囲は自ずと限界があります。
つまり、「セクショナリズム」という言葉は、ある意味、的を得ています。
しかし、同じ状態を「効率的分業」という、別の方法で表現することもできます。
例えば、日本で生活する際、日本人全員が自給自足をするために田畑を耕し、布地を買ってきて服を縫製し、自分で切り出した材木で家を建て…、なんてしていたら、非効率極りないことです。
それらのことを、それぞれ特色ある企業が受け持ち、コストダウンを図りつつ、消費者に提供しているからこそ、日本社会が成り立っています。
もっと言えば、全世界的に分業し、各国が様々なものを輸出入しているからこそ、日々の生活ができています。
同じ状態でも、どのような角度から物事を見るかによって、違う言葉で定義できるものです。
ある一面だけをとらえ、批判するのではなく、多面的に捉える力が必要だと思います。