昨日は入学式でした。
…が、熱が出て朝声が全くでず、
なるべく声が出る様に、うがい、加湿をして
ナントカ事務に電話して休ませてもらいました。
一応、入学式だけだったので
まだ学校へは来ないし…と思っていたら
在校生が来ていた様ですみませんでした!
知人宅のペットが死んでしまったり、
色々なことがあり、
何となくココロにささくれが出来ているような。
今日も今から綾瀬に行って来ます。
ある約束があるので。
またご報告しますね。
皆さんも体調に気を付けて!
追記

ある約束、というのは実は
先日、初めて避難所へ寄らせて頂いた際に
ウチの卒業生達が教会で、本校ではやらない為、
初めてみるネパール棒灸を
教わっていた時の写真をツイートした際、
「受けてみたいです」というリプライがあり、
(きもちよさそうにみえたんだな…)とスルーしていたら
その方がフォローしてくださっていたので、
何気にプロフィールをみたら
福島の方…。
もしかして?と思ってダイレクトメールをしてみたら
避難所内にいらした方だったんです。
返ってきたメールの内容はとてもお辛そうな内容でした…。
そこで、教会で鍼灸やマッサージが受けられることなど
伝え、私は鍼灸師では無いけれどお話しましょう、と
ダイレクトメールで返信したら
「是非お会いしてお話がしたいです」
と書いて下さっていたのです。
そして待ち合わせ当日、服装などの説明を再びメールし
「鍼灸 マッサージ 無料」と書かれた紙を持って
避難所の入り口に立っている方々の隣で待っていました。
しかし、彼女に会うことは叶いませんでした。
そして、
「精神的に(避難所にいる事が)限界で家に戻ってきました。」
このメールが当日、届きました。
彼女は福島県に戻ることを選んだのです。
勿論、元気だったらお会いしましょう、という
負担にならない程度の約束の様なもの、でした。
今も彼女とはツイッターというツールで繋がっています。
私のツイートも読んでくれている事でしょう。
日々彼女や被災された方々に恥ずかしくない様に生活し、
被災地の復興の為に出来る事は今後も継続していかなければと
思っています。
週末に迫った都知事選もそのひとつです。
私はとにかく原発をこの日本から無くして欲しい。
今まで、戦争中、戦後の日本人の様に
「非国民」扱いされる様な意識があって原発反対と
はっきり言うことは正直、抵抗があった自分がいました。
しかし、私の故郷、山口県では28年もの長い歳月、
原発建設を反対する住民と中国電力がぶつかり続けています。
今も。
山口県育ちの親や県民の親戚達の間では当たり前の話ですが、
私が育った関西や、ここ東京では誰にも
故郷の原発建設反対などという話は出来ませんでした。
今年の2月に青森の六ヶ所村の事を映画化した監督が
上関の事も盛り込んだ映画を制作上映して下さっている事を
私事で申し訳ありません、としてこのブログで紹介しました。
一旦、上映中止になりましたが、再上映が決定しています。
是非、1人でも多くの方にみて頂きたいと思います。
そして今、日本中に最低でも4箇所、原発建設を計画され、
施工されようとしている場所がある事を知って頂きたいと思います。
2011311以降、我々1人1人の行動が、後世に、歴史に残る事を
全員が胸に刻んで生きていかなければいけないのです。
…が、熱が出て朝声が全くでず、
なるべく声が出る様に、うがい、加湿をして
ナントカ事務に電話して休ませてもらいました。
一応、入学式だけだったので
まだ学校へは来ないし…と思っていたら
在校生が来ていた様ですみませんでした!
知人宅のペットが死んでしまったり、
色々なことがあり、
何となくココロにささくれが出来ているような。
今日も今から綾瀬に行って来ます。
ある約束があるので。
またご報告しますね。
皆さんも体調に気を付けて!
追記

ある約束、というのは実は
先日、初めて避難所へ寄らせて頂いた際に
ウチの卒業生達が教会で、本校ではやらない為、
初めてみるネパール棒灸を
教わっていた時の写真をツイートした際、
「受けてみたいです」というリプライがあり、
(きもちよさそうにみえたんだな…)とスルーしていたら
その方がフォローしてくださっていたので、
何気にプロフィールをみたら
福島の方…。
もしかして?と思ってダイレクトメールをしてみたら
避難所内にいらした方だったんです。
返ってきたメールの内容はとてもお辛そうな内容でした…。
そこで、教会で鍼灸やマッサージが受けられることなど
伝え、私は鍼灸師では無いけれどお話しましょう、と
ダイレクトメールで返信したら
「是非お会いしてお話がしたいです」
と書いて下さっていたのです。
そして待ち合わせ当日、服装などの説明を再びメールし
「鍼灸 マッサージ 無料」と書かれた紙を持って
避難所の入り口に立っている方々の隣で待っていました。
しかし、彼女に会うことは叶いませんでした。
そして、
「精神的に(避難所にいる事が)限界で家に戻ってきました。」
このメールが当日、届きました。
彼女は福島県に戻ることを選んだのです。
勿論、元気だったらお会いしましょう、という
負担にならない程度の約束の様なもの、でした。
今も彼女とはツイッターというツールで繋がっています。
私のツイートも読んでくれている事でしょう。
日々彼女や被災された方々に恥ずかしくない様に生活し、
被災地の復興の為に出来る事は今後も継続していかなければと
思っています。
週末に迫った都知事選もそのひとつです。
私はとにかく原発をこの日本から無くして欲しい。
今まで、戦争中、戦後の日本人の様に
「非国民」扱いされる様な意識があって原発反対と
はっきり言うことは正直、抵抗があった自分がいました。
しかし、私の故郷、山口県では28年もの長い歳月、
原発建設を反対する住民と中国電力がぶつかり続けています。
今も。
山口県育ちの親や県民の親戚達の間では当たり前の話ですが、
私が育った関西や、ここ東京では誰にも
故郷の原発建設反対などという話は出来ませんでした。
今年の2月に青森の六ヶ所村の事を映画化した監督が
上関の事も盛り込んだ映画を制作上映して下さっている事を
私事で申し訳ありません、としてこのブログで紹介しました。
一旦、上映中止になりましたが、再上映が決定しています。
是非、1人でも多くの方にみて頂きたいと思います。
そして今、日本中に最低でも4箇所、原発建設を計画され、
施工されようとしている場所がある事を知って頂きたいと思います。
2011311以降、我々1人1人の行動が、後世に、歴史に残る事を
全員が胸に刻んで生きていかなければいけないのです。