誕生日を大勢に祝われて、「本日の主役」なんて襷を掛けて、文字通りの人気者、陽キャ、主人公。

そんな人を見て、床に転がっている私は親指でこれを書く。その人と同じ日、同じ時間を、同じ国の違う場所、暗い部屋でスレ紹介動画を観て消化した私。


神の不平等を恨めるほど子供ではなくなった。自分の持っているものだけで満足できるほど大人にもなれていなかった。くだらねえ言葉遊びみたいなことをして、一人遊び、友がみな我よりえらく見える日も、花を買っていく妻もいねえし、彼女もいないし、じゃあこの俺様には一体何があるというのか!!ふざけやがって!!


人間が喰えないものを喰って生きられたら幸福だろうなあ。人間が、皆同じ人間的な生活をするから、餌を得られる人間と得られない人間がいて、社会で椅子取りゲームしたかと思えば、生物としても椅子取りゲーム。どうせ俺には席がない。虚しいなぁ虚しいなぁ、昔のある日もそうだった。

幼稚園の椅子取りゲーム、鈍臭い私に椅子はない。私以外は席に着き、次の勝負を見据えて構え、私のことは誰も見ない。せめて「鈍臭えな雑魚」とかなんとか言ってくれれば、そいつを殴れば溜飲が下がって退散できただろうが、そういうことは一切なく、あぁ自分だけが情けない無能力者だから失敗して、彼らは成功者、相手に非が無いのにこの俺様だけ苦しむことが、悔しくて悔しくて、幼い私は目の前のガキをぶん殴った。ぽかぽか殴って、俺が謝る。椅子を全員分用意しなかった奴は俺に謝らない!当然だけど、当然だけど、なぁ。


人と比較するな、とラッセルもショーペンハウアーも仰っています。その通りでしょうね。知っていますとも。私ももう子供じゃないですからね、聞き分けます。貴方はすごい、貴女もすごい、おめでとう、よかったね、まぁ素敵。拍手すればいいんだろ、「自分はアナタには敵いません」という姿勢を取って、スマブラでガノンドロフが相手に拍手するみたいに、相手の成功勝利を祝えばいいんだろ。 



何が楽しいんだそんなの!ふざけやがって!

勝つまでやるぞ。何でもいい、腕相撲でも酒比べでも、テトリスでもスマブラでも何でもいい。俺は、目の前の人間全てに何かで勝ちたい。勝っている要素を無理矢理にでも見つけて、時には作り上げて、自分のゴミみたいな自尊心を守り抜きたい。

何が悪い、自衛反応だ!


どうせ皆そう考えてんでしょ。相手が何かしたらとりあえず褒めて、労い、お祝いの言葉を言う。それが大人ですものね。しかし同時に、自分の腹の中で何かが燃えている。自尊心、負けん気、嫉妬、何でもいいやもう。そういうのが燃えてるから、人間は36.5度くらいなんでしょう。相手が何者であって何をしたとしても、自分には関係ないものとして、眉ひとつ動かさずに言葉を発する方が冷徹かもしれない。ノブレス・オブリージュなんて、強がりだ!自己暗示!もしくは冷血なる高踏である!


哺乳類よ、怒り吠え猛れ!!原始を恥じて微笑するな!


畜生!!世界中を許せない!!