協議事項



日 時;平成23年5月19日(木)17:00
場 所;○○病院 3階 院長室
出席者;父、長男、友人
     院長、顧問、副院長、医局長、地域生活推進部長、総務部長



●原因について
・本人がうつ状態であった。
・次男の発達障害で悩んでいた
・××先生の言葉が引き金になった。



●謝罪について
本人が亡くなられたことについて、心からお悔やみする。



●再発防止について
今回の事例を学会発表及び医師会に報告をするとともに広く一般にも知らしめる努力をする。



●今後の課題について
・父から「謝罪は言葉だけで十分ですか?」との問いかけに、院長としては「病院としては息子さんが社会復帰するまで医療機関としての最大限の努力をする。」と答えた。


・××先生の処分についての申し入れがあったが、院長は、「失敗ではなく治療経過であるので処分はしない。」と答えた。

当方の希望



一、
顛末で明らかなように、息子の介護で疲れ切っており、鬱状態にあった私の妻は、息子の主治医の××先生の言葉が引き金になって縊死したと考えております。


そうであれば、この先生は、医者ではなく、言葉による殺人者ではないか、とも考えております。


その責任を問い、謝罪を求めたい。




二、
この先生のように、口汚く、高圧的な物言いをする医師に私は、出会ったことがありません。


最初に会った時からきわめて不快な印象でした。


女性である妻にとって、私よりずっと応えたのであろうと思います。


これも、引き金の一つになった可能性があると考えております。


私はこの医師に二度と会いたくないので、息子の主治医の交代を希望します。





以上二点につき宜しくご高配を、お願い申し上げます。

前半の続き ・・・・







その帰りの車の中で

妻「もう駄目よ。あの先生はきついから、次男を家に帰してくるわよ。やっぱり、発達障害を受け入れてくれる施設は、ないのよ。」


私「まあ、あせるなよ。あと二ヶ月半あるよ。ひょっとすると、良くなって帰ってくる可能性もあるし。後、(妻の叔母)もいるじゃないか。相談してみようや。」

妻「・・・」




その後


妻は車の中でがっくとうなだれておりました。



今まで見たこともないほど憔悴しきった感じで、私もこれはいつもとちょっと様子が違うと思いました。

帰りにショッピングセンターに寄りましたが、妻は
「私は車の中で待ってる。」

と言いますので、私だけで買い物に行きました。



車に戻ると、妻は同じ姿勢でうなだれておりました。


私「まあまだ二ヶ月半有るよ。探そうや。いざとなれば、二人でマンションを借りて住んで、あいつはあの家においておけばいい。」

妻「・・・」



家に帰ってもしばらく、妻は無口でした。


私もそれ以上言いようもないので黙っておりました。





夕食時に突然ヒステリックに泣き叫び始めました。

妻「産むんじゃなかった。あの子を産んだのが間違いだったの・・・」


私「そんなことを今更言ってもしょうがないよ。うちよりもっとひどい子を抱えて苦労してる親もいるよ。頑張ろうや。」

妻「私はもうあの子の面倒を見るのはいやよ。電話ももう出ない。面会も行かない。」


私「電話に出るから物を持ってこいと言われるんだよ。あいつの電話には出ないようにすればいいよ。」


妻「あの子はどうやっても駄目。二十八歳にもなったら、もう変わらん。死んでほしいわ。死んでくれんじゃろうか。」

私「あいつは、頭はおかしいが体は丈夫やで。期待しても駄目やで。」



その後妻は静かになりましたが、その晩寝るまで、声がえらく小さいという印象でした。


翌朝、二人で車で一緒に医院に出て、午前中は仕事を手伝ってくれました。

元気がなく、声がやけに小さいという印象が残っております。


妻は昼十二時頃、買い物をして帰ると言って帰りました。


午後六時過ぎ、私は歩いて帰宅しました。


そこで妻が縊死しているのを発見しました。









顛末

平成二三年四月初旬、私の次男は、広島某警察署にて措置入院の手続きを経て、○○病院に入院となりました。


主治医は、××先生でした。


翌日より、毎日のように家に電話があり、妻が対応し、入院用品等をほぼ一日おきに、病院に届けておりました。


これまで、次男の家庭内暴力に悩まされ続けていた私と妻は


「うちも、マンションでも借りて、夫婦でそこに避難するしかないのかなあ。」


というような話をしていたところでもあり、今回の入院で少しは状況が良くなるのではと期待しておりました。


しかし、妻は、


「電話はかかってくるし、二日と空けずに物は届けさせられるし、あの子は入院しても大変だ。」


としんどそうに言っておりました。



入院して、一週間が過ぎて、妻が、


「そろそろ一度、主治医の先生に病状を聞きに行ってみましょうや。」


と言いますので、私の医院の休診日の四月十四日木曜日の午前夫婦で○○病院に行き、同日の午前に病棟で主治医の××先生と三人で面談しました。





その内容を記憶している限り、書き綴ってみます。



先生「今のところ妄想も止まって、ひどく興奮することもなく、順調のように思います。私は忙しいんです。私に会わずに、本人と面会してやってください。」


私「先生、それでは、病状を聞くのに、どのくらいの期間で来ればよろしいでしょうか。」


先生「そうですね、何もなければ、たまにでいいから、月一回程度。」


妻「先生、息子は、退院になっても、この病院の附属施設に、入れてもらうというわけにはいかないでしょうか?」


先生「だめですな。適応がない。退院したら、家で見てください。親の対応が悪い。親の育て方が悪い。めくらの者に、仕事をさすのと同じです。手を引いて行って、手を添えてやらねば、何も出来んでしょう。脳の欠陥を持って生まれてきてるんですから、めくらの子を育てるのと同じ考えでやってください。」


私「先生、私達も、発育障害の会に出たり、資料を集めたり、いろんな所にも相談に行って、それなりに努力しているんですよ。」


先生「だめですな。もっと勉強してください。インターネットもあるでしょう。今度来られたら、夫婦でどれだけ勉強しているか披露してもらいましょう。」


私「入院の期間は、大体どの程度を見込んでおられますか?」


先生「措置入院は三ヶ月間。医療費は無料です。それ以降は任意入院になりますが、三ヶ月で退院できると思います。」


妻「先生、退院となっても、何とか他の施設を紹介してもらうというわけにはいきませんでしょうか。」


先生「どうしてもと言われれば、・・・病院というのが有りますが・・・」


妻「・・・」


私「先生ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。薬は大量に使っておられますか?」



先生「ええまあ・・・」


私「それでは失礼します。ありがとうございました。」





・・・・後半に続く