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前回の記事(1)からの続きです。
漢字の音読み勉強の本質は2字熟語を「英単語の勉強に近い形で
概念を覚えていく」という話をしました。
参考までに、下記は国立国語研究所の論文ですが
我々日本人が普段の会話や文章表現でいかに
音読における二字熟語組み合わせた言葉を
使うことが多いかを表しています。
我々大人は普段意識していませんが
この2字熟語の表現は我々日本人の言語の根幹を
成している表現なのです。
そのため日本人の場合は漢字が苦手な人で
表現力が優れている人はおそらく少ないのではと思います。
漢字と日本語という言語はすごく密接に関係しているのです。
そしてこのアベマの動画、
かなり面白くて、しかも出演者が結構
建設的な議論をしていたので見入ってしましました。
特に「言語学者」の人が登場していて漢字の書き取りについて
どう考えるかは自分もすごく興味があったので一気に見てしまいました。
海外に住んで子供に漢字を教えているとどうも
日本語習得と「漢字」学習には深い相関性がありそう
と子供の勉強を観察しながら考えることが多かったのですが
「それはなぜか」というのをはよく考えていましたが
上記の国立大学の論文を読んでいて「漢字の2字熟語、音読み」
の表現が我々日本人の表現に多いからだということが
分かりました。
一方で自分から見ていても文部省の漢字の学習の中では
今の時代に必要ないな、と思うものが多々あります。
このアベマの動画は中でも漢字に対して「これは必要かな」
とか「これは明らかに必要ない」が多くの議論がクリアに
なっている「漢字」テーマについては優れものの動画です。
今の時代、とにかく「紙に字を書く」というのが古い時代になり
1年に1回書くか書かないかぐらいになっており、
日本に住んでいる大人でも覚えた漢字は書くということに
関しては忘れつつある人が多い印象です。
今後今の若い世代がより年齢が進めばこの風潮はさらに強くなり
自分が観察している印象だと「紙に漢字を書けない」人がいた場合に
字を書けないからバカにされる、よりも「まだ手書きの字を書かされる
プラットフォームを提供している機関そのもの」が本気で軽蔑
されるような時代になると思います。(すでに若い世代ではそういう
考えになっていて気付いてないのがオジさんたちだけという
状況です。「漢字の手書きが書けないことを言及するなんて
昭和な人だね」みたいなそちらの方がバカにされている時代に
なりつつあるけど年齢層高い人はあまりそこを理解してない)
まず前提としてアベマのこの金曜番組のフレームとして
ヒロユキが出る会は必ずヒロユキと反対意見の人を読んで議論させる
というのがこの番組の基本フレームです。
つまりここに登場してくる言語学者の先生は(本当は)
「漢字の書き取りは必要」という立ち位置で意見をしないと
いけないのですが「漢字を覚えるのは必要だけど
今の時代に書くまでは必要ないと思う」とか
「小学生の授業における一部の時代錯誤感」
も完全に認めていたのが面白かったです。
この動画の中で
「漢字を美しく書いたってしょうがないもんね」と
パンチの聞いたコメントをしていた言語学者の先生が
とてもステキです。文科省の偉い人がある漢字の
言葉の書き順を問われて「(その漢字の)
書き順はわかんねぇ」という
コメントされたとか「本来書き順という概念はない」
とかも本音全開スタイルです。
ただこの種の議論をするだけなら当たり前の
話しになりますが、これで終わらずに「じゃあ日本語習得を
していく上での漢字学習そのものの必要性」
と言われたら話は180度違ってきます。
1)漢字を手書きで正確に書ける必要性
2)漢字そのものを覚える必要性
この2つの議論は完全に違う話のテーマです。
このアベマに今回出演しているみなさんは頭が良い人が多くて見ていると
完全にこの2つはテーマが違うことが出演者全員で共有できていて
見ていても議論がスムーズで分かりやすい動画内容になっています。
言語学者の先生が出てきていることからも「日本語」と
「漢字を覚える」の必要性、相関性も議論されるわけですが
上記の国立大の論文が示す通り
漢字の熟語を覚えること=日本語表現を覚えること
と直結しますので漢字を覚えてないと日本語の
多様な表現力は身につかないのでそういう意味では
日本語理解や多様な表現力をつけようと思うのであれば
漢字習得が大きく影響を及ぼしそうだなという印象が強いです。
(漢字を紙に手書きで正確にかけるという能力とは
全く別の議論です)


