最近、日本からベンチャー投資家の方達が
遊びに来ていました。
中南米のスタートアップの視察で中南米のいくつかの国を
回られている方でドミニカ共和国にも来たのですが
そんな彼らと夕食の間に話した内容は
多岐に渡るものですが、その中で特に「運」というものについての
話が印象的でした。

事業をしている人、投資をしている人の中で「運」という存在を
軽く見る人はいないでしょう。それぐらい「運」がもたらす影響というのは
事のほか、結果を大きく左右するものです。

ただ一方でこの「運」というのは不思議なもので
誰においても常に目の前を通っている、というのも事実です。
お互い、共通の話で盛り上がったのが下記のティナシーリグのTEDでの
動画。とても面白い内容です。

(ティナシーリグ、「運を良くするためのほんの少しのリスク」)
この中で、子供の話が出てきますが、自分の子供を毎日観察していても
彼らは確かに平気で自らの「コンフォートゾーン」を出ていくんですよね。
というよりかはコンフォートゾーンの外側、外側に行くことこそが
彼らの目的のようにも見えます。
まさにリスクをとる天才が子供という生き物。


そして彼らとともに運を科学的に考えていくことってできるのか、
運とは何かなど一緒にブレインストーミングしてみましたが、

ひとつは「準備」をしておく、ということ
いつ来るかわかららないチャンスに備えて準備をしていく、
コツコツ前に進む人間は、やはりどんな時も強いなと思います。
これが多くの人はできないものです。

もう一つは手をあげる力。フットワーク良く動く。
情報があふれすぎるぐらいあふれている今の時代に
「良いアイデアを持っている」だけの人の価値はなくなりました。
(似たようなアイデアはググればそこら中でやっている人がいる)
行動力や、失敗を恐れずにとりあえずすぐ動ける人は強いなと。
「本物のチャンス」と「恐怖心」は大抵は表裏一体となって
私達の前に忽然とその姿を表します。
年齢を重ねると特にそうかもしれません。
本物のチャンスほど同時に「もしうまくいかなかったら、、」と
いうプレッシャーが頭をかすめるものです。

高校の時の部活、体育会系の部活でしたが当時の監督に
「できなくてもできると言わない奴はチャンスをもらえないぞ」と
言われたことがありました。
人生においても勝負所で「できます」とスッと言えない人は
成功はできないものです。


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明徳義塾・監督 馬淵史郎 たなぼた論

ぼた餅を手に入れるのは棚に1番近いもん、手を上げ続けるのは辛いが
一番努力した者が、ぼた餅を手にいれることができる、
棚に少しでも近づくことがまず大事、
なおかつ1番近い所で手を挙げ続ける努力をしている人が先にとれる、
いつ落ちてくるか分からないからといって後ろで休んでいる人は
一生取ることはできない。
そしていざモチが落ちてきた時は、恐がらずに飛び込んで
取りにいく勇気をもつこと」

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