3歳ぐらいになると大きな変化だなと思わされるのが言葉のグループ化ができるようになる
ことです。

リンゴやミカン、バナナ、ぶどうなどをまとめて「果物」と表現できることを理解したり
ぞう、キリン、ライオンなどを「動物」と表現したりする、そしてその意味を
ちゃんと理解したりすることです。
「どうもリンゴやミカンなどをまとめて「果物」と言うらしい」、と
理解し始める感じで、通りを見て「あそこに果物屋さんがある」とか
言ったりし始めます。ものごとを抽象化して捉える能力が身についてきたからで
見ていて、人間らしい変化だなと感じてしまいました。

複数のものを共通の特徴でグループ化して、それを「同じ」とみなすことで
いくつかの「具体的」かつ個別レベルの物事を他の場面でも適用する能力が抽象化の
本質です。パターン認識の能力とも言えます。

大人から見るとある程度大きくなれば、一見すると当たり前にできることに見えますが、
抽象化して物事を見る能力は人としてとても大事な能力で、大人でもこの抽象度の
レベルは個人差がかなりある部分で、特に現代社会では抽象度の能力の高さはとても生活の中で
重要です。

例えば上記のバナナ、リンゴ、ぶどう=グループ化して果物、ぐらいなら大人なら
誰でもすぐ分かりますが、もう少し複雑にして、熱、運動、摩擦などを
グループ化して「エネルギー」として抽象化してくくる、というとどうでしょうか。
これだとある程度、前提としての知識が必要になります。
科学や文明の世界はまさに人間が抽象度が他の動物より少し高いからこそ生むことが
できた分野と言えます。

また人の話す言葉でもボールを「投げる」という物理的動作を、あきらめる時に
「さじを投げる」という言い方をしますが、同じ「投げる」でも物理的に投げ出す事と
心の中のイメージで投げ出す、という現実世界と観念世界を共通項でつなげたから
こそ生み出された言葉であり、他の動物には絶対できないことです。
「言葉」の発明というのもまさに人が抽象度が高いからこそ生まれた
発明かなと思います。
人工知能の世界でもこういう抽象化した言葉の意味を理解するのは未だにテクノロジーの
壁が越えられない部分であり人間の脳がいかにすごいかを物語ります。


また生活の中でもニュースなどを見たり聞いたりした時に「このニュースのこの部分は
別の分野のXXというものと共通するものがあるな」とパターンや共通項を見つけることが
できると、他人と同じ事を聞いたり、見たりしても
そこから受け取る情報量は格段に違ってきます。
現代の情報化社会では特定の人にしか回らない情報というのは今やほとんど存在しなく
なっていますが、それでも情報弱者という言葉もあるように、
現実的には人により情報力の違いというのは存在していて、その理由がいくつか
あるとすれば、その一つは同じものを見ても、そこから受け取る情報量が
個人差が相当出てくるはずで、まさにそれは上記の抽象度の高さで違ってくるのではと
思います。

例えばネットビジネスをしていると「フリーミアム」課金というビジネス用語がありますが
クックパッドなど最初に無料で多くの人に使わせておいてある程度広まった段階で
特別な用途をする人に特別課金していくやり方で、多くのITビジネスではこの
フリーミアム課金のやり方を取り入れていたりしますが、ITビジネスだけでなく
世の中でもっとも代表的な
フリーミアム課金のビジネスは実は法定通貨(円やドル)の「お金」です。
お金は誰でもその国のお金を自由に使っていますし、支払いなどでお金を使う時に特別な
コストはかかりません。一方で「海外送金」など特別な用途をする時は特別コストがかかります
がまさにフリーミアムという意味ではクックパッドと法定通貨のビジネスモデルは同じですが
これも見た目はまったくこの2つのビジネスモデルは異なります。

これも「法定通貨は実はビジネス」という知識のバックグラウンドが前提にないといけませんが、
具体的世界では全く異なるこの2つのビジネスから少しひいて、全体をイメージして
抽象度を高く見ることで共通項を見つけ出せると
「あれっ、この2つはよく見ると同じビジネスだな」ということも見つける
ことが可能になり、また様々なアイデアにつなげることができます。