動物福祉と一口に言っても分かりにくい。
何が対象になるのだろう。
ありとあらゆるペット、野良犬野良猫、畑を荒らす熊や猪や猿、サーカスの動物、動物園の住人全て、注射を打たれるモルモット、クローン羊、ハンドバッグや靴になったオストリッチ、競走馬、そして牛や豚・鶏などの家畜・・・等等、全てであろう。

愛玩動物の福祉は分かりやすい。
しかし、家畜は、いわゆる「経済動物」として始めから牛乳や卵を取られ屠殺されて肉や皮や毛皮になって、内臓までも、他の命に頼らないと生きていけない人間様の用に供する、そんな運命にあっては「福祉」といわれても複雑だ。

歴史的に「動物福祉」がどのようであったかを見れば、少しは見えてくる。

・1906年(明治39年) 米国連邦法「28時間法」制定。
   28時間以上家畜を水や休息なしに缶詰状態で運搬してはならない。
・1958年(昭和33年) 米国連邦法「人道的屠畜法」
   非人道的な屠畜法で屠殺してはならない。
   1978年そのような食肉の輸入禁止。
・1964年(昭和39年) イギリスで「家畜の5つの自由」提唱
   ①飢餓と渇きからの自由
   ②苦痛・傷害・疾病からの自由
   ③恐怖・苦悩からの自由
   ④物理的・暑熱の不快さからの自由
   ⑤正常な行動が出来る自由
・1966年(昭和41年) 米国「動物福祉法」
   ペットや展示動物(動物園やサーカス)実験動物などの人道的な取扱。
   ただし、家畜は対象になっていない。
・1973年(昭和48年) 日本「動物保護管理法」いわゆる「動物愛護法」
   家畜も含む動物の虐待禁止。
・2005年(平成17年) 国際動物保健機関による動物福祉ガイドライン
   172カ国採択、但し、規制の主たる内容は輸送と屠殺であるようだ。
   同年日本でも「動物愛護法」改正

いかがであろう、少しは理解が進んだであろうか?
ごく最近の動きなのだ。

結局、家畜の福祉とは安楽な屠殺(即死のこと)に至るまでは、快適に人間らしい(人道的な)生活を送らせろということであり、そうすれば、家畜達も安心快適で、飼主達も経済的メリットを享受できる「一石二鳥」であるというものか。

そういえば、「一石二鳥」というのも残酷な動物福祉に反する表現であるなあ。

この項を書くのにネットを見ていると酪農家の会話に、「跛行の牛を淘汰するのも動物福祉か?」という会話があった。
足痛で歩けなかったり寝起きできなくなったら動物は死ぬしかない。
そんな時「安楽死」をもたらしてやるのは思いやりというものであろうが、そうならないように配慮、準備してやるのがほんとの「動物福祉」なのである。

動物福祉に配慮した畜産生産物は市場価格より高く売れたり、指名度が高くなる傾向が、特に欧米では顕著になっているようである。