アジア・パーティーライン(6) | 交心空間

交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇

昌枝「(通話)はい……その人にお逢いしたんは、一ケ月くらい前のことてす」
  SE 道。昌枝が歩いている。
昌枝「こりゃァひと雨くるな、そう思ォて傘持って、買い物に出た帰りのこと
 でした」
  SE 雨が降りだす。
昌枝「案の定パラパラっときて。うちの近くまで帰ってきとったんですが、折
 角持って出たんですけえ」
  SE 昌枝、傘をさす。
昌枝「そう思いながら傘ァさしました」
  SE 雨が強くなる。
昌枝「そしたら、あっという間に雨が強ォ降りだしまして」
ミリ「その雨覚えとる。勤務時間中に抜け出して、旅行のチケット取りに行っ
 た日。確か先月の十日よ」
社長「ワシァいっつも工場ん中おりますが、そがァによう降りましたかのォ?」
  SE 道路の雨水を飛ばして車が通り過ぎる。
昌枝「はい。まァ、うちまでほんのちょっとでしたが、足元が結構濡れてしも
 ォて。まるで、バケツでもひっくり返したような」
ブン「ブンちゃんの学校、グランドが湖んなったんだよ」
昌枝「そうでしたか」
DJ「オバチャン?……中国人、いつ出てくるんですか?」
昌枝「はい、もう直ぐです」
綾子「(通話)かいつまんで話してよね」
社長「(通話)ええじゃないですか、ゆっくり聞きましょうや」
昌枝「すいません」
ミリ「オバチャン、それからどうしたの?」
昌枝「はい。大雨の心配しながら、うちに入ろうとしました。うちは東広島市
 で、マンションの七階にありまして、長男夫婦に孫二人と暮らしとるんです
 けど」
DJ「オバチャン?……中国人は?」
綾子「(通話)朝んなっちゃうじゃない」
昌枝「はい、これから……」
  SE 雨の中を一人の男が走って来る。
昌枝「そう思ォたときでした。どしゃ降りの雨ん中を、傘もささずに一人の男
 の人が」
DJ「中国人ですか?」
昌枝「始めは、日本の方か思いましたが」
  SE 男がマンションの入口に飛び込んで来る。男の荒い息遣い。
昌枝「私が、その方の濡れた髪や服を拭いてあげてましたら、初ねは中国語で
 いろいろ言われとったんですが、そのうち慣れない日本語でアリガトウゴザ
 イマス言うて」 
社長「ありがとう……ええ言葉ですのォ」
昌枝「はい。それで、中国の方ですかいうて聞いたら、留学生じゃ言われまし
 た」
綾子「で、どうしたのよッ?」
昌枝「はい。洋服の下から、抱え込んどっちゃった教科書ォ出されました」
DJ「教科書ですか?」
昌枝「はい。雨に濡れんように、大事にしとられました」
  SE 降り頻る雨。
ブン「ねえ、オバチャマ、それからどうしたの?」
ミリ「確か雨、一時間ぐらい降りよったよね……私ずっと雨宿りしとったもん」
昌枝「講義の時間に遅れるいうて、気にしとられました」
ブン「ウヒャー、超真面目人間。さぼっちゃえ、さぼっちゃえ」
社長「学生さんが、そういうことを言うちゃァいけんですの」
ブン「お仕置き印もらっちゃった」
DJ「で、どうしたんでか?」
昌枝「はい。私が持っとった傘をお貸ししました。そしたら、何遍もアリガト
 ウ、アリガトウ言うて、頭ァ下げられて」
DJ「そうですか……」
昌枝「はい」
社長「ええことォされましたのォ」
昌枝「はい」
綾子「それだけ?」
昌枝「はい」
  SE 傘をさす。雨の中を走って行く男。
昌枝「傘ァさして、雨ん中走って行かれました」
  SE 雨、消える。


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