9月7日(土)曇りのち☂
〇堀越二郎の軌跡
今朝の読売新聞朝刊に2つの記事が掲載されていました。
・第1面中央に笑顔で”「僕の時代は終わった」-宮崎駿監督引退会見-”
・第37面(群馬)に”「堀越二郎展入場2万人突破」
=藤岡市白石の藤岡歴史館で開催中の企画展「堀越二郎の軌跡」の入場者数が6日、2万
人を突破。
同展は旧日本軍の戦闘機、零戦などを設計した同市出身の堀越二郎氏の業績や人物像を
紹介するもので、同氏をモデルとするスタジオジブリのアニメの公開に合わせて7月13日か
ら開催されている。=
〇藤岡歴史館
藤岡歴史館のある付近には6世紀の古墳や15世紀の関東管領上杉氏の居城平井城址があ
ります。
高崎市(自宅)から藤岡歴史館までは、6キロ13分です。
10:50歴史館の駐車場は既に車、館内は見学者であふれていました。
〇堀越二郎の経歴(抜粋)
1903年(明治36年)群馬県藤岡市生まれ(同年12月ライト兄弟が初飛行に成功)
1921年(大正10年)第一高等学校入学(1914年第一次世界大戦勃発)
1924年(大正13年)東京帝国大学工学部航空学科入学
1927年(昭和2年)三菱内燃機(株)名古屋航空製作所入社(同年リンドバーグ大西洋横断成功)
1929年(昭和4年)航空機研修のため、ドイツ、イギリス、アメリカへ
1932年(昭和7年)七試艦上戦闘機
1937年(昭和12年)十二試艦上戦闘機(零式艦上戦闘機)(同年日華事変勃発)
1941年(昭和16年)十四試局地戦闘機(雷電)(同年日米開戦)
1945年(昭和20年)三菱重工(株)参事(同年終戦)
1982年(昭和57年)死去
※展示では終戦後のことはほとんど紹介されていないのですが、三菱に席を置きながら
東京大学等の講師、教授、航空機YS-11の設計をしていたようです。
〇航空設計者
堀越二郎の人生は、飛行機の開発の歴史そのものであったようです。
彼を評した言葉がその人柄と仕事ふりを知らせてくれます。
「堀越という男は、たったひとつの用語でも納得のいくまで調べないと気が済まないのだ」
「堀越は機能的に優れたものが美しいということを口癖のように常に述べた」
「こういう過程で、こう計算し、だからここはこうします」と説明すると堀越は「よしわかった」と
くるそうである。
〇風立ちぬ(未読)
文系の私には飛行機が何故空を飛ぶことができるのかわかりませんが、
堀越二郎は私の祖父母と同じ明治末の生まれです。
宮崎駿監督は昭和初期の生まれです。
空を飛ぶことに憧れた少年二人が、飛行機とアニメに「納得がいくまでこだわり抜いて」
激動の時代を生き抜いた証ではないかと感じています。
