東京大学総合研究博物館の見学ついでに構内を散策しました。仕事の関係で何度かお邪魔したことはあるのですが、やはり独特な日本の最高学府らしい雰囲気です。
なぜか中国人の小さい子供を連れた親子が目立ちましたが…将来子供を留学させたいとか考えて見に来ているのでしょうか。
 
東京大学の敷地のほとんどは江戸時代の加賀藩上屋敷の跡地ということは赤門(国重要文化財)もあってよく知られています。敷地の北のほうは水戸藩のお屋敷だったようです。維新後に江戸幕府の昌平坂学問所や開成所(洋学研究機関)、医学所などが統合・改組され明治10年1877年に東京大学が創設されました。
敷地内には結構、東京大空襲などをかいくぐった戦前の古い建物が残されています。
 
赤門近くの理学部2号館。1937年に内田祥三によって設計されました。
 

 
赤門を大学側から見たところ。加賀藩に子沢山で有名な第11代将軍徳川家斉の第21女・溶姫がお輿入れする際に造られました。
 
 
後で外の本郷通り側から見た赤門。
 
 
左右に唐破風造の番所が置かれています。
 
 
赤門から安田講堂に向かう途中にある法学部3号館。1927年に内田祥三らによって設計され登録有形文化財に指定されています。
 
 
安田講堂に向かう並木道。
 
 
安田講堂手前の法文2号館(国登録有形文化財)。やはり1938年に内田祥三の設計で建てられ、随所にギリシャ彫刻がちりばめられた列柱に囲まれたアーケードが建物の下に造られ、ヨーロッパの古い僧院のような雰囲気です。
 
 
安田講堂(国登録有形文化財)。正式名称は大講堂で、1925年に安田財閥の安田善次郎の寄付によって内田祥三の設計で建てられました。東大紛争で荒れ果てて閉鎖されていましたが、当時の富士銀行など旧安田財閥の寄付によって改修され再度利用できるようになりました。
 
 
 
その前の広場に大きな木が。加賀藩邸時代から植わってそうな大木で、歴史の目撃者然としています。
 
 
三四郎池。あまりきれいな池ではありませんが、旧加賀藩邸の庭園・育徳園の心字池でした。その後、夏目漱石の「三四郎」のモチーフになったことから名付けられました。読んだこと無いのでどんな話か分かりませんが。
 
 
 
池に近づいてみたら餌をくれると思ったのか大きな鯉が寄ってきて気の毒なことをしました。
 
 
文学部3号館。こちらは1987年に建てられました。
 
 
総合図書館前の噴水。防火水槽として役割もありますが、噴水の底が下のライブラリープラザの天窓になっていて採光の役割もあるそうです。五重塔の先端の九輪みたいですね。
この前に総合図書館があるのですが撮りそびれてしまいました。事前に申し込みをすれば中に入れるようなことが書いてありましたが、赤絨毯の敷かれた階段など豪華な内装をテレビで見たことがあるので興味津々です。